四川大地震・現地ルポ

第4回
廃墟と化した山間部の集落

日経アーキテクチュア 佐々木 大輔
2008年6月26日

 四川大地震で、被害が特に大きかったのが山間部の集落地域だ。山間部では被害の実態をすぐにつかむのは難しい。山が崩落して道路を寸断。集落は孤立し、救援や復旧活動の遅れにもつながる——。本稿執筆中に発生した岩手・宮城内陸地震の被災状況を見ても、共通の課題は多かった。山間部での地震防災や復興対策のあり方が改めて問われている。

 5月24日、私たちは什邡市郊外の山間部に向かった。什邡市は、綿竹市の南に位置し、震源から約80kmの距離にある。5月23日に中国政府が、地震による工場の倒壊で化学物質の漏えい事故が起きたと発表した。その一つが、什邡市内の化学工場だという情報が入ってきた。

 成都市を出発して、2時間ほどで什邡市中心部に入る。ガイドが、交通規制をしている警察官に工場への道を尋ねた。突如、車のドアが開けられ、4人の被災者が乗り込んできた。警察官が命令した。「4人を工場まで連れて行け」。

什邡市の中心部。警察が交通規制をしていた(写真:日経アーキテクチュア)

 被災者たちは工場周辺の住民だった。市中心部に避難していたが、一時的に帰るのだという。「家族13人が死んでしまった」と、被災者の男性は車中で嘆いた。

 未舗装のでこぼこ道が延々と続く。舞い上がる砂ぼこり。身体は前後左右にガクンガクンと揺れる。「首が折れそうだね」と、東京工業大学の和田章教授が思わず漏らす。

什邡市の中心部から、未舗装の道路を進む。支援車両が砂ぼこりを上げながら通っていく(写真:日経アーキテクチュア)

 ようやく、舗装された道に出た。山間部は片側1車線の一本道。道路わきに切り立つ山は、ところどころで土砂崩れを起こしている。余震が来たら、再び崩れかねない。運転手がフルアクセルで駆け抜ける。

山間部に入ると、各所で土砂崩れが起きていた(写真:日経アーキテクチュア)

 集落に出た。人民解放軍の兵士が展開するこの地域では復旧活動の最中だった。物々しい雰囲気だ。道を進むにつれ、建物被害は大きくなっていく。農村地帯をしばらく進むと、集落の外れに大勢の兵士が集まっていた。「ここが工場だ」と被災者が言う。什邡市中心部から約1時間。私たちは車を降りた。

化学工場のある集落に着くと、人民解放軍の兵士が集まっているのが見えた(写真:日経アーキテクチュア)

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