四川大地震・現地ルポ

第1回
崩落した中学校はレンガ柱だった

日経アーキテクチュア 佐々木 大輔
2008年6月13日

 中国・四川省を襲った大地震が5月12日に発生してから、まもなく1カ月。日経アーキテクチュア2008年6月9日号では、緊急特派報告「四川大地震」を掲載した。四川大地震では、あっけなく倒壊した建物が、多数の人命を奪った。6月8日時点の中国政府の発表では、死者数6万9136人、行方不明者数1万 7686人、負傷者数37万4061人に上る。

 なぜ、地震の揺れに建物がもろくも崩壊したのか――。記者は、5月21日から5月25日までの5日間、四川省に入った。耐震工学を専門とする東京工業大学の和田章教授に同行し、建物被害を中心に被災地の状況を取材した。

 5月22日、まず向かったのは都江堰市聚源鎮にある聚源中学校だ。四川大地震では、学校施設の倒壊が相次いだことが、クローズアップされている。多数の生徒が崩壊した校舎の下敷きになった聚源中学校では、被災直後に夜を徹した救出作業の様子が報じられた。地震発生から10日ほどたち、現地では校舎崩落の責任を追及する声が高まり、原因の究明は微妙な問題になりつつあるようだった。私たちの取材前日に、亡くなった生徒の遺族が集会している様子を取材していた外国人記者らが締め出されたという情報も入った。

 成都市内のホテルから北西に車で向かう。都江堰市に近づくにつれ、沿道の建物に被害が目立つようになった。崩壊した建物の前には、ビニールシートのテントが張られている。街に入ると、軍隊や警察の車両が展開し、ものものしい雰囲気だ。緊張感が高まってくる。

 出発から約2時間。聚源中学校の崩壊現場に到着した。崩れ落ちたレンガ塀をまたいで敷地に入る。学校のグラウンドは一面、白い消毒剤がまかれている。グラウンドの奥を見ると、変わり果てた校舎の姿が目に飛び込んできた。

四川省都江堰市にある聚源中学校の現場。階段室部分を残して、がれきの山と化していた(写真:日経アーキテクチュア)

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