海外市場に向けても拡大する静脈認証
海外でも静脈認証の採用は増えつつある。例えばブラジルのブラデスコ銀行では2007年1月から富士通の手のひら静脈認証によるATMでの本人確認を開始した。同行はラテンアメリカ最大の民間金融機関で、約1700万の個人および法人を顧客にもち、1万3000以上の拠点網と2万3000台以上のATMを有する。2007年8月現在、160店舗のATM330 台に拡大しており、手のひら静脈の登録預金者数は5万人に達している。実はブラジルは電子大国で、その分、不正も少なくない。そこで預金を守る、預金の不正引き出しを防ぐといった観点からこうした対策が取られている。
海外展開に力を入れる富士通は、手のひら静脈認証の「開発キット(SDK)」を提供している。センサー、ソフトウェア、デモツール、測定ツールをパックにしたもので、開発できる体力があれば、このSDKを購入して自社でソフトの組み込みができる。SDKのユーザーはSIerやメーカーが中心。富士通の技術を使っていることを明示するために統一ブランドの「ParmSecure」というシールを装置に貼ってもらう以外は、基本的に富士通はノータッチ。理由は「文化や慣習、生体認証装置の使われ方は国ごとに違うし、各国に応じた多種多様な製品を開発するには富士通はまだパワー不足」であることによる。
そのSDKを活用して英Yarg Biometrics社(ヤーグ社)が開発した手のひら静脈認証装置(図8-1)の有効性がスコットランド政府に認められ、プロジェクトの一環として2007年秋から小中学校への順次導入が始まった(図8-2)。実はスコットランドの学校給食はカードチケット制なのだが、給食費の補助の有無をチケットで管理しているため子供たちに分かってしまう。静脈認証を利用することによって、それを分からないようにしようというわけである。
米国の総合病院では、外来患者の本人確認(保険証の認証)に手のひら静脈認証を活用し始めた。国の手厚い医療保険がある日本と異なり、海外では医療保険は基本的に民間が手がけており、加入は本人次第、お金の負担も企業と個人が行い、国の補助はないに等しい。従って不正に医療保険が使われると最終的に病院や保険会社が負担しなければならない。そして病院でカード型の保険証を不正使用するケースは多い。それをなくすために外来の患者に保険証と本人認証を行う。現在、2万人が登録しているが、これもSDKを使って米国のベンダーが開発している(図9)。
日立製作所は指静脈認証による海外向け「入退管理システム」を製品化し、2007年10月から中国での販売を開始した。今後、順次、販売地域をアジア全体に拡大していく計画だ。このシステムは1つのドアに設置して単体での入退管理ができるほか、ネットワークを介してサーバーと複数の同製品を接続し、複数のドアの入退管理をする大規模システムへの適用も可能。またICカードとの組み合わせにも対応している。
日立グループはすでにシンガポールなどの東南アジア市場で入退管理システムの実績を持つほか、米国でのユーザー獲得も始まっている。今回の入退管理システムは、そうした経験と実績をベースにしており、初年度3,000台の販売を見込む。
銀行のATMから始まった静脈認証の採用はPCログインシステム、入退室管理、勤怠管理、キャッシュレス・カードレス決済、自動貸金庫・ロッカー、複合機(コピーやプリントのセキュリティ)、会員管理など、さまざまな分野での利用が進んでいる。最近も札幌市の病院(医療法人恵佑会札幌病院、細川正夫理事長)が手のひら静脈認証技術を電子カルテシステムに活用した患者認証システムの運用を始めた。手術予定のある患者の手のひら静脈の情報をあらかじめ電子カルテシステムに登録し、手術当日、手術室に入室する患者の手のひら静脈の情報と登録されている静脈情報を照合し、本人確認をして初めて手術を行うというもの。国内の医療機関が手のひら静脈認証技術を患者認証に採用した初めてのケースである。
そうやって普及が進んでいくと生体認証は新たな取り組みを迫られることになると、富士通の代居氏はこう指摘する。「従来、セキュリティを追及する生体認証は、利便性とはトレードオフの関係にあると言われてきた。私もそう言ってきた一人だが、これからはセキュリティも高く、かつ利便性も高いということを目指さないといけない。セキュリティもさることながら、一般の生活の中で便利であると言われるように生体認証がなっていく、それがこれからの流れであり、かつ普及の鍵だと思う」
では生体認証は今後どういう方向を目指すのか。例えば1対N照合の強化がある。今はIDを特定してスピードを上げるために1対1認証をしているが、これを同じスピードで1対Nの高速認証を目指す。例えば1万人の中から本人識別を行う。これは技術的には単なるマッチングだけでは難しい。似たような人、グレーな人が出てくるからだ。現在は、そうやって絞り込んだ段階で人間による本人認証を行う方法があるが、全てをシステム化するとなると、マッチング技術に新たな認証アルゴリズムを開発する必要がある。
屋外利用への対応も今後の目指すべき方向の一つだ。工場などで入退室装置を屋外で使いたいというニーズがあるからである。だがこれも課題は少なくない。とくに静脈認証はカメラを使うので屋外では逆光状態になり、静脈パターンの抽出が困難になる。さらに屋外での使用となると、光対策だけでなく防水対策や停電対策なども要求される。
認証センサーのさらなる小型・高性能化もある。これは主としてパソコンなど、機器への組み込みニーズへの対応だ。現状でも認証センサーはかなり小型化され、組み込み可能だが、ユーザーの要求はとどまるところを知らない。そして、その困難な要求、高いハードルを越えたところに新たな市場が拓けることにもなる。次回は虹彩の技術と市場動向を探る。
この連載のバックナンバー
- ドライブレコーダー、本格普及の予兆 (2008/04/18)
- 進化するバイオメトリクス――(5)顔認証 (2007/12/19)
- 子供を犯罪から守るITシステム (2007/12/12)
- 進化するバイオメトリクス――(4)虹彩認証 (2007/12/12)
- 進化するバイオメトリクス――(3)静脈認証 (2007/12/05)

