長時間労働が過労死を招く
健康配慮義務の怠慢が会社の命取りに

昨年度、長時間労働が原因で脳・心臓疾患を発病し、労災補償の認定を受けた人は294人にも上る。
この数字を見て、うちの会社には関係ないと言い切れますか?

文/中野優、イラスト/松本孝志
2005年11月2日

 仕事が増えれば、必然的に労働時間も増え、結果として、残業や休日出勤もやむなしと、ついつい頑張り過ぎてしまう人は多いでしょう。

  しかし、長時間労働が日常的になると、次第に疲労が蓄積していき、それが血管病変を著しく加速させます。その結果、脳疾患(脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症)や心臓疾患(心筋梗塞、狭心症、解離性大動脈瘤)の発症に至ります。これがいわゆる、過労死のシナリオです。

長時間労働は身体だけでなく、心の不調も惹き起こす

 また、これまでは、長時間労働のもたらす健康障害を、もっぱら身体の問題として捉えてきました。しかし、長い時間働くことで生じる疲労の蓄積は、精神面にも少なからず影響を及ぼすことが分かっています。

  例えば、1998年を境として、日本人の自殺者はそれまでの2万4000人台から、一気に3万人以上へと急増しましたが、この原因の一つに、サービス残業を含めた長時間労働があると分析されています。

  最近、厚生労働省から過労死の労災認定に当たり、長時間労働と関連した以下のような判断基準が示されました。

  それによれば、①脳・心臓疾患発症前1カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月当たり概ね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性は低い、②概ね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症の関連性が徐々に高まる、③発症前1カ月間に概ね100時間または発症前2カ月ないし6カ月間にわたって、1カ月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が高いと評価できる、とされています。

 では、こうした判断基準に照らして、経営者として何をやらねばならないのでしょうか。対策は二つ挙げられます。

 一つは、厚生労働省通達の「過重労働による健康障害防止のための総合対策」にある「事業者が講ずべき措置」(図1)をしっかり進めること。二つ目は、やはり同省が推進する「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」の実践です。これはうつ病など、メンタルヘルス不全の早期発見にたいへん有効です。

 具体的には下の図2にある四つのケアから成り立っていますが、中でも重要なのは、ラインケアです。すなわち、職場の上司が部下の「いつもと違う」様子(遅刻や早退の増加、無断欠勤、判断力や意欲の低下、ミスの多発、服装の乱れなど)に早く気付いて相談に乗り、一方で人間関係を含めた職場の環境改善を図ることです。

 例えば、うつ病であることに本人はなかなか気が付きません。このため、部下の「いつもと違う」様子に、周囲の人間、特に上司が早く気付けるかどうかが、うつ病を早期発見する上で最大のポイントとなり、ひいては最悪の事態を未然に防ぐことにもつながるわけです。

 では、もしも従業員が長時間労働によって脳・心臓疾患や精神障害を発症した場合、会社はどのような影響を受けるのでしょうか。

 この場合、病気は「業務上疾病」と見なされます。「業務上疾病」とは、「労働者が健康上有害な業務(例えば長時間労働)に従事し、その業務に内在する危険性(有害性)を突発的または慢性的に受けたことにより、病的異常が生じたもの」と定義されています。つまり、仕事が原因で起こる病気のことを指していいます。

 そして、仮に労働基準監督署長が請求事例を「業務上疾病」と判断すれば、労災と認定され、労災保険が適用されます。労災保険は、健康保険と違い、全額事業者の負担となります。

会社には社員の健康に配慮する義務がある

 また、会社が労働者と労働契約を結ぶ時には、暗黙の内に民事上の「安全配慮義務または健康配慮義務」が発生します。安全(健康)配慮義務とは、「労働者の安全と健康を保持するために注意義務を尽くしながら就労させる」という、会社が労働者に負う雇用契約に付随する義務のことです。

  この安全(健康)配慮義務を怠ったため、労働災害が発生し、労働者がケガや病気あるいは死に至った場合、会社は民事上の損害賠償責任を問われることになります。つまり、長時間労働対策やメンタルヘルス・ケアの怠慢により過労死や過労自殺が起きてしまったら、会社は労災保険給付の対象とはならない慰謝料などについて、多額の損害賠償を求められるということです。

  大げさでなく、後に会社が傾くほどのツケが回ってくることだってあります。何か起きてからではもう遅いのです。この機会に、長時間労働対策やメンタルヘルス・ケアについて、経営者としての認識をぜひ深めて下さい。

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