H5N1型という“敵”に日本が採るべき策

プレパンデミックワクチンのコストは1人600円

――田代先生にお聞きした話では、ワクチンの保存期限は3年間ということでしたが、となると、期限切れの前にワクチンを必要な関係者に事前接種することはパンデミック対策として大きな意味を持っていると考えてよいのでしょうか。

岡田:その通りです。全国民に、プレパンデミックワクチンを接種する機会を広げて欲しいと思っています。

――ここまでお聞きした限りでは、プレパンデミックワクチンは、非常に有力な新型インフルエンザへの対抗手段のように思われます。いったいワクチン製造のコストはどのくらいなのでしょうか。

岡田:1人あたり約600円です。

――600円! ということは、1億2800万人の日本人全員の分を備蓄したとしても、768億円しかかからないということじゃないですか。年間の日本の防衛予算が約5兆円ですから、その1/50以下で、うまくすればパンデミックそのものを根本から抑止できるかもしれない手段を用意できる計算になる。国家安全保障としては、これほど安上がりなものもないのでは。

岡田:もちろん、それだけのお金を積んだからといって、今すぐ全国民分のプレパンデミックワクチンを製造できるわけではありません。先ほども申したように、ワクチンは計画的に有精卵を調達するところから始めなければ製造できません。いくらコストが安くとも、現状の製造能力には限りがあります。プレパンデミックワクチンを製造するとしても2年越しの計画生産をしなくてはならないのです。

――それにしても、厚生労働省の甘い推定でも最大64万人が、米国が対策立案に使っている推定だと650万人以上が死亡する可能性を指摘されている巨大疫病が、1000億円もかからずに事前に抑止できる可能性があるわけですよね。1000億円といえば、中堅企業の年間売り上げ程度ではないですか。

 これができないとしたら、厚生労働省は薬害エイズに続いて不作為の罪を犯すということになるのではないでしょうか。しかもパンデミックが来てしまったら、被害規模は薬害エイズどころではない‥‥いったい、今の日本には年間どの程度のプレパンデミックワクチンを製造する能力があるのでしょうか。

岡田:ワクチンの製造ラインは、どの種類のワクチンもほぼ同じです。もしも、その他のワクチンの製造をすべて停止して、プレパンデミックワクチンの製造に振り向けたと仮定すると、1年間で1億人分程度は作れるとも推定されています。

――では、その気になれば今年度から有精卵の計画調達を開始して、来年度中にはプレパンデミックワクチンの全国民分の備蓄が可能になると。

岡田:それで間に合えばいいのですが‥‥そのためには、すべてのワクチン製造能力をプレパンデミックワクチンに振り向けるという政治的決断が必要になります。その他のワクチンが不足することによるリスクを引き受ける覚悟が必要でしょう。

 そして、もちろん新型インフルエンザがどのようなものになるかは、現在の段階では分かりません。これまでの研究ではH5N1型であるならば、プレパンデミックワクチンは、かなり広範囲の亜種に対して免疫を発現させることが可能なことが判明しています。それでも、いざパンデミックが来てみたら、H5N1ではない種類のウイルスで、全く備蓄ワクチンが効かない種類だったという可能性も皆無ではありません。もちろん、依然として“次の次”としてH5N1の脅威は続くわけですけれども。

 ここでも、リスクをどのように見積もり、より低リスクの対策を立てるかが重要になります。

 その過程では、どのようにワクチンを保管し、いざという時に末端の医療機関まで届けるか、ワクチンをどの段階で誰に接種していくかといった行動計画が大事になります。多数の人にワクチンを接種していけば、不可避的に副作用が出る人も発生します。すべてリスクをどう見積もるかという問題です。全国民の生命に関する問題ですから、リスクの所在をきちんと説明するリスクコミュニケーションも欠かせません。

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