H5N1型という“敵”に日本が採るべき策

日本はすぐに製造できる体制を持っていない

――ワクチンはどのようにして製造するのでしょうか。また、現状では日本のワクチン製造能力のどのあたりに問題があるのでしょうか。

岡田:ワクチンは生体細胞の中で、ウイルスを増殖させることで製造します。しかしH5N1型ウイルスはあまりに毒性が強いので細胞を殺してしまい、そのままではワクチン製造が困難です。

 そこで、遺伝子工学を使ってH5N1型ウイルスの強毒型を示す遺伝子の部位を選択的に潰し、弱毒型のH5N1ウイルスを人為的に作ります。このウイルスを使ってワクチンを製造します。

 ワクチン製造法は、有精卵を使う方法と、猿の肝臓細胞のような動物の細胞を培養して用いる方法とがあります。これはパンデミックワクチンも、プレパンデミックワクチンも同じです。

 培養細胞を使う方法のほうが新しく、ワクチンを迅速かつ大量に製造できますが、日本はこの手法を研究している段階で、まだ実用化していません。現状では、有精卵を使う古い方法でワクチンを製造しています。

――有精卵を使うデメリットはどこにあるのでしょうか。

岡田:ワクチン製造を、大量の有精卵の調達から始めなくてはならないということです。養鶏業者に「明日有精卵を持ってきてくれ」と言っても、すぐに鶏が卵を産んでくれるわけではありません。年間計画を立てて「この時期にこれぐらいの数の有精卵を納入してくれ」とあらかじめお願いして、やっと手に入るわけです。ですから、ワクチン製造のリードタイムが長いです。前年から有精卵の調達計画を立てて次の年でワクチンを製造するという、2年越しの計画的な生産しかできません。

 通常のインフルエンザの場合は、前年から有精卵の手配を行い、世界のウイルスの流行を見極めて1月ごろに、どのウイルス株に対するワクチンを製造するかを決定します。4月からワクチンの製造を開始し、10月になってやっと製品としてのワクチンが末端の医院に届く段取りになっています。

 これは新型インフルエンザに対抗するに当たって、大きな足かせです。つまり、日本はパンデミック発生後に、新型インフルエンザのウイルスでパンデミックワクチンを製造しようにも、有精卵の調達が思うに任せないということになる可能性があるのです。

 それだけではなく、パンデミックワクチンの場合、既に人から人への爆発的な感染が起きている状況で、急いで製造しなくてはなりません。おそらく副作用などの安全性の確認、さらにはどの程度抗体を発現させるかの有効性の検証などは十分にできないでしょう。また、製造担当者が新型インフルエンザで欠勤すれば、それだけ製造能力が低下します。

 ワクチンは、一気に大量に作るわけにいきません。徐々に出荷されるパンデミックワクチンを誰に優先的に接種するかも大きな問題となります。

――すると日本でも培養細胞を使うワクチン製造設備を作る必要があるのではないでしょうか。

岡田:研究は始まっています。しかし、まだ実用には至っていません。この分野は欧州がリードしていて、米国も欧州の製薬メーカーを誘致するというやり方で、国内のワクチン製造能力を増強しているところです。

 そこには、日米ではここ数十年の間、あまりにワクチンの副作用被害がクローズアップされすぎて、ワクチンの需要が減ったために、製薬会社がワクチンの製造能力や研究開発をリストラしてしまったという事情があります。

 特に米国の場合は訴訟社会であるということが、ワクチン製造能力の衰退に大きく影響しています。1977年にソ連インフルエンザの小規模なパンデミックがありましたが、米国は大規模なパンデミックを恐れて1976年にワクチンの事前接種に踏み切りました。ところが、一部で運動神経を冒されるギラン・バレー症候群という副作用の被害者が出て、なおかつパンデミックそのものは大したことがなかったために、ワクチンの副作用が社会問題化してしまったのです。

 その後、ワクチンの副作用を巡る訴訟が頻発し、米国の製薬会社は次々とワクチン製造から撤退しました。2005年に、ブッシュ大統領がH5N1型インフルエンザ対策を国家の重要政策に位置付けた段階で、米国はほとんどワクチン製造能力がないという状態になっていました。そこから数年で、H5N1ウイルスに対する危機管理対策として、急速にワクチン製造能力を向上させたわけですが。

 日本もかつては、学童へのインフルエンザワクチンの接種が義務化されていました。これは地域での感染拡大を阻止するという観点で行われていたものです。しかしその後、予防接種の副作用が大きくクローズアップされたことや、感染拡大に対するワクチンの効果を疑問視する研究が発表されたために1994年から義務ではなく任意となりました。ワクチンの需要が減ったので製造能力も下がっています。

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