新型インフルエンザの“リアル”を語ろう

プレパンデミックワクチンのリスクとベネフィット

――基本的にワクチンは、対象のウイルスがなければ製造できません。新型インフルエンザはまだ出現していないので、ワクチンの事前製造は不可能です。しかし、現在プレパンデミックワクチンというものが製造可能になっているそうですね。

田代:プレパンデミックワクチンは、今現在のH5N1インフルエンザウイルスで製造するワクチンです。

 過去の弱毒型ウイルスは、鳥が死なないので鳥の世界でどんなウイルスがパンデミックを起こしているかを調べるのが困難でした。幸か不幸か強毒型のH5N1ウイルスは感染した鳥を死なせてしまうので、どんなウイルスが広がっているかを調べることができます。

 プレパンデミックワクチンは、新たに出現するであろうヒト型のウイルスにぴったり適合するものではないのですが、同じH5N1のウイルスに対して一定程度効くであろうと予想されています。同じH5N1ならば、ある程度共通の免疫をつけることができるのです。これを交差免疫といいます。

 初期のころは、ワクチンを作っても大量に接種しないと免疫をつけることができないとか、クレード1の亜種で作ったワクチンは別のクレードに対する免疫をつけてくれないとか、さまざまな問題があったのですが、最近になってアジュパント(免疫増強剤)という物質を同時接種することで、かなりの効果が得られることが分かってきました。

 プレパンデミックワクチンは重要な対策手段です。国民の60〜70%に事前に接種しておくと、パンデミックが起きないという数理モデルを使った研究が発表されています。事前に全国民に接種しておくと、パンデミックによって発生する人的経済的被害を考えれば圧倒的な低コストでパンデミックを乗り越えることができるのです。

 スイスは国民全員にプレパンデミックワクチンを接種するとしています。フィンランドもスイスに続いて、国民全員への接種に動いています。

――米国はプレパンデミックワクチンをどう考えているのでしょうか。ご著書の「新型インフルエンザH5N1」(岩波科学ライブラリー)によれば、米国はプレパンデミックワクチンよりもパンデミック発生後のワクチン製造に力点をおいているということでしたが。

田代:米国は、初期の大量に接種しないと効かないタイプのプレパンデミックワクチンを、それでも頑張って2800万人分備蓄しました。そこへアジュパントの効果が判明し、1/10程度の少量接種でも免疫を発現させることが可能なことが明らかになりました。つまり米国は、対外的には公表していませんが、既に全国民分のプレパンデミックワクチンの備蓄が終わったのと同じ状況にあります。

 おそらく現在は、どのようなアジュパントを使えばより効果的に免疫を発現させることができるかを研究していると思います。

――では日本はどのような状況なのでしょうか。

田代:1000万人分の備蓄があり、2007年度予算でさらに1000万人分を積み増しすることになっています。それでも全人口、1億2800万人には全然足りません。

 しかもパンデミック発生時の接種体制がまったく出来ていません。備蓄ワクチンは7万人分ずつボトルに入れて保管しています。実際の接種のためにはこれらを小分けしてアンプルに詰め、接種する医師のところまで届ける必要があります。これに要する時間は、1カ月から1カ月半という見積もりです。これではせっかく備蓄していても、1週間で全世界に広がるであろうパンデミックを抑止する力になりません。

 さらには、具体的にどのような人々に優先的に接種するかの行動計画もまだ出来ていません。国民全員分を備蓄できないのなら誰に接種するかについて国は方針を明らかにして、事前に徹底した議論を行って国民的な合意を得なくてはなりません。でなければいざパンデミックとなれば、ワクチンを求める人々でパニックが起きてしまいます。

 ワクチンの保管期限は製造から3年です。3年が過ぎたら使えなくなります。ですからわたしは希望者には先行してプレパンデミックワクチンを接種すべきだと考えています。

 とはいえ、今のプレパンデミックワクチンは色々とギャンブルの要素があります。本当に新型インフルエンザに対する免疫をつけてくれるのかは本番にならなければ分かりません。多くの人に接種すれば、中には副作用が出る人もあるでしょう。そういうことを含めてリスクとベネフィットをきちんと説明しなくてはならないのです。その上で、ワクチンを希望者に接種していかなくてはならないだろうと考えています。

 接種を受ける人が増えれば、副作用などの事故は必ず起きます。そのリスクをどう評価するか。科学的なデータを提示して、きちんと説明し、国民の納得を得なくてはならないでしょう。

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