新型インフルエンザの“リアル”を語ろう

毒性が弱くなり致死率が下がったほうが危険は増す

―― 一部では、あまりに毒性の強いウイルスは、感染が拡大する前にかかった個体を殺してしまうので、あまり広がらない。だから、感染が拡大するのは毒性の弱いウイルスへと突然変異したときであり、あまり心配するには及ばないとする議論もあります。この考え方は正しいのでしょうか。

田代 眞人氏

田代 眞人氏

田代:確かにエボラ出血熱のように致死率の高いウイルスは、あまり感染拡大を起こしません。それは事実です。ウイルスの繁殖戦略としては、感染した宿主が生き続けて、別の個体に感染させるほうが好都合なので、突然変異は弱毒化の方向に淘汰されるというのも正しい議論です。

 しかし、今問題となっているH5N1ウイルスは、全身感染を起こす強毒型です。強毒型の性質を示す部分の遺伝子は特定されており、それはヒト型ウイルスの特質である10個の遺伝子とは別の部位にあることが分かっています。

 つまり、ウイルスがヒト型に変異することに連動して、強毒型から弱毒型になる可能性はありません。ほぼ間違いなく、強毒型のままヒト型に変異すると考えられます。ウイルスが弱毒型になると主張しているのは、最新の研究成果を知らない人たちです。

――しかし、強毒型の性質を示す部分が、毒性を弱める方向に突然変異していくことは期待できるのではないでしょうか。

田代:やや専門的な話に踏み込みますが、強毒型と弱毒型の違いは、ウイルス表面に並んでいるHAという糖タンパク質にあります。HAはごくかいつまんで説明すると、ウイルスが細胞に取り付き、中に潜り込むにあたって重要な役割を果たします。大ざっぱな理解では、細胞膜を切り裂く“はさみ”だと思っていただいて構いません。

 HAはタンパク質ですからさまざまなアミノ酸が多数結合して出来ています。ウイルスが細胞に取り付くにあたってはHAのアミノ酸の並びの中でも、「開裂部位」と呼ばれる特定の部分の並びが重要な役割を果たします。

 弱毒型では、HAの開裂部位はアルギニンというアミノ酸が一つだけ付いています。一方、強毒型ではアルギニンとリジンというアミノ酸が6個から8個、並んで付いているのです。この違いが、ウイルスの細胞に入り込む能力の差となっています、生物のどの部位の細胞に取り付くことができるかは、HAの特定部位におけるアミノ酸の並び方が決めているのです。

 お分かりでしょうか。強毒型ウイルスが、弱毒型に変異するということは、HAの中の特定部位のアミノ酸が6〜8個連続して脱落することを意味します。つまり遺伝子としては連続した6〜8個の塩基の連なりが一斉に突然変異が起こすということです。

 このような突然変異は、全く起こりえないわけではないですが、非常に起きる確率が低いです。そのような非常に起こりにくい突然変異を「どうせ弱毒型に変異するだろう」とあてにしてはいけません。

――つまり、トリ型からヒト型への突然変異の過程で、強毒型が弱毒型に変化する可能性は非常に低いということでしょうか。

田代:そうです。ですから、最悪のシナリオは、強い全身感染とサイトカインストームを起こす性質を持ったまま、H5N1ウイルスがヒト型になるというものです。

 しかも、パンデミックの発生を考えると、むしろ突然変異により毒性が弱くなり致死率が下がったほうが危険であると考えねばなりません。感染者が死なずに移動すれば、それだけウイルスが広がるチャンスが増えますから。現在の致死率60%が、例えば20%に下がるとかえってパンデミックとしては危ないのです。

 膨大な被害を出した1918年のスペインインフルエンザの致死率が2%だったことを考えれば、致死率がたとえ20%程度にまで下がったとしても、過去に類を見ない大災害になる危険性があると言わねばなりません。

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