新型インフルエンザの“リアル”を語ろう

トリ型からヒト型への変異は時間の問題

――非常に強い毒性を示すにもかかわらず、累計の全世界での死者は360人ほどと非常に少ないです。これはなぜなのでしょう。

田代:現在のH5N1が、まだヒトからヒトへと感染する特性を獲得していないからです。

 にもかかわらず、現実に患者が出ているわけですが、実のところ現状ではどういう人がかかるのかよく分かっていません。鳥との濃厚な接触で、大量のウイルスを体内に取り込んでしまったという可能性はあるのですが、それだけではないのです。インドネシアの場合、患者の25%は鳥との接触がありませんでした。中国の患者も鳥との接触がありません。しかも、鳥の世界で流行が起きていない地域でも、人への感染が起きています。これが何を意味するのかは、まだ分かっていません。

 ウイルスの遺伝子の、どの部分がどう変わるとトリ型からヒト型へと変化するのか、本当のところはまだよく分かっていません。ウイルスが細胞に侵入する時に使うレセプターという部位は、トリ型とヒト型ではアミノ酸が1、2カ所違うだけです。既に2カ所のアミノ酸がヒト型と同じに変異したH5N1ウイルスが見つかっていますが、それでもまだパンデミックには至っていません。

――それは、「そう簡単にトリ型からヒト型になることはない」という安心材料と考えてよいのでしょうか。

田代:そうではありません。ウイルスは増殖の過程において、ある一定の確率でランダムな突然変異を起こします。そしてH5N1ウイルスは、既に鳥の世界ではパンデミックを起こしています。パンデミックということは、鳥の体内でウイルスが非常に多数回の増殖を行っているということです。確率的に、ヒト型ウイルスが出現する可能性はぐっと上昇しているのです。

 例えばサイコロを1回振ると1の目が出る確率は、1/6です。しかし2回振って少なくともどちらかで1の目が出る確率は11/36で、1/6より大きくなります。サイコロを振る回数が増えれば増えるほど、少なくともどこかで1が出る確率は1に近づいていきます。

 鳥の世界でパンデミックを起こしているということは、サイコロを振る回数が増えているのと同じです。ヒトに感染しやすいH5N1ウイルスが出現する確率はどんどん大きくなっていると考えなくてはなりません。

 ひとたび、ヒトに感染しやすい形質を獲得したウイルスが出現すれば、一気に広がるのは間違いありません。なぜなら、新たに出現したウイルスに対して免疫を持っている人はほぼ皆無だからです。感染したヒトからさらに別のヒトヘと広がる過程で、免疫によって拡大が阻止されるということがありません。

 どうやら、ウイルスがヒト型に近づきつつあるという傍証も存在します。トリ型のウイルスは、鳥の体温である42℃付近で増殖しやすく、それ以下の温度では増殖が鈍ります。一方ヒト型のインフルエンザウイルスはヒトの体温である35〜36℃付近で活発に増殖します。同じインフルエンザウイルスでも増殖に適した温度が違うのです。

 ところが、先ほど説明した「クレード2-2」の亜種のH5N1ウイルスでは、既にヒトの体温で活発に増殖するように突然変異を起こしたウイルスが見つかっています。これは、ウイルスが着実にヒトに感染する形質を備えつつあることを示しています。

――いつごろヒト型に変異したウイルスが出現するか予測できないのでしょうか。

田代:突然変異が確率で起きる以上、予測は不可能です。ヒトに感染するために必要な特性にしても、まだ我々の知らない要素があるのでしょう。

 ただし、鳥の世界でパンデミックを起こし、活発にウイルスが増殖していること、そして徐々にヒト型の特性を一部備えたウイルスが出現してきつつあることを考え合わせると、そう遠くない将来にヒト型ウイルスが出現する可能性は高いと考えねばなりません。

 実際問題として、ヒト型とトリ型のウイルスの遺伝子は共通点が多いのです。比較すると、はっきりと異なる遺伝子は10個です。そのうちの5〜6個については、既にヒト型に変異したウイルスが確認されています。10個の遺伝子の差異のうち、どれがヒト型へと変化する決定的な要素なのかは分かっていません。ひょっとすると10個全部そろわないとヒト型には変異しないのかも知れませんし、逆にあと一つでも変異したらヒト型になるのかも知れません。研究が進んでいるとはいえ、分かっていないこともたくさんあるのです。

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