日本の情報収集活動はどこが抜けているのか(第3回)

小泉政権下で情報機関設立の議論が起きたわけ

――日本では小泉政権になってから、情報機関を作れという議論が活発になってきたように感じられますが。

鍛冶:
 きっかけになったのは、2003年5月の訪米と思われます。小泉さんはブッシュ大統領のテキサス州クロフォードにある牧場に招かれて1泊。翌朝には、そこで行なわれた情報会議に参加させてもらったんです。

 ちなみに、この会議ではCIAやFBI長官がブリーフィングをするもので、外国人の指導者として招かれたのは、前年のトニー・ブレア英首相しか例がないという、大変な優遇だったわけです。

 では、なぜ情報会議に参加させてもらえたのか。それは、ブレア首相を招いた理由を考えれば想像がつきます。

 ブレア首相を招待した翌年に対イラク戦争がはじまることからわかるように、アメリカとしては、イラク情報が欲しかったんです。イラクはかつてイギリスの植民地でしたから、さまざまな人脈がありますし、重要な情報を持っているだろうとブッシュは考えていた。

 しかも、イギリスは世界に冠たるMI6という情報機関があるので、そことの連携を模索していたわけです。

――同じように、小泉首相からも情報が欲しかったと……。

鍛冶:
 考えてみると、北朝鮮もまた、かつては日本の植民地でしたよね。当然、情報は山ほど持っているだろうとブッシュ大統領は期待して、小泉さんを呼んでくれたんです。

 以後、ブッシュが情報をくれとせっつくものですから、小泉さんは情報収集マニアになってしまいました。

 それまでは、内閣情報調査室のもとに、警察や公安調査庁の情報が集まり、それをもとに内閣情報調査室長が総理大臣にブリーフィングするという順序でした。ところが、小泉さんはそれが待ちきれません。

 公安調査庁長官、警察庁長官、防衛庁情報本部長をじかに呼んで話を聞き、ブッシュに教えてやっていたわけです。おかげで、頭越しにやりとりをされた内閣情報調査室長はおかんむりでしたが……。

 もっとも、たいした情報はなかったらしく、やがてワシントンから不満の声が上がってきました。

  「日本には憲法の制約があり、軍事力を強くできないのはわかる。しかし、日本は情報もないのか。情報は憲法で禁止されたわけではないだろう」と言われてしまっては、返すことばがない。

 こうしたやりとりを経て、小泉さんは情報の重要性に気づきました。それが、情報機関を設置するという議論のもとになったのでしょう。

――情報活動や通信傍受というと、やはり一般人にとっては拒否反応が残ると思うのですが、そういう人たちにメッセージを。

鍛冶:
 家庭にあるコードレスホンを例にとって説明しましょう。実は、あれほど通信傍受が簡単なものはありません。秋葉原で売っている簡単な傍受の機械ですぐ聞けてしまいます。

 そんな電話機を使って、若い女性や主婦が長電話をしているのですから、よく考えれば冷や汗ものです。

 コードレスホンは短い距離しか届かないから大丈夫と思うかもしれませんが、仮に変なおじさんが隣に住んでいたら、コードレスホンの会話をずっと聞かれている可能性もあります。

 誰も聞いていないと思って、「あなた、銀行で預金をおろしておいてちょうだい。キャッシュカードはたんすの中、暗証番号は○○○○番よ」「鍵は植木鉢の下にあるわよ」などと平気で話している人も多いでしょう。

 電話を傍受していれば、その人や家は丸裸同然です。人の家に入ったり、財産を奪ったりするのも、お茶の子さいさい。そうした通信傍受を国家規模でやっているのが、エシュロンのようなものと考えればいいでしょう。

 そうした事実さえ知らないでいると、個人なら人生が破滅する場合もありますし、国家レベルならば富を失ってしまうのです。

 ですから、情報活動や通信傍受はただ怖いものとして遠ざけるのではなく、よくその意味と役割、さらには対策を知っておく必要があると思うのです。



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