日本の情報収集活動はどこが抜けているのか(第3回)

通信傍受網「エシュロン」によって
日本の経済競争力が大きく低下した

――「エシュロン」によって、具体的に日本はどのような影響を受けたのですか。

鍛冶:
 1989年、スハルト政権下のインドネシアで、こんなことがありました。

 当時、インドネシア国内の電話網を10年間かけて整備するという、総額36億ドルの大規模プロジェクトがあり、その初回2億ドルの競争入札が行なわれました。

 その結果、どうやらNECのシステムの採用がほぼ内定しそうだとなったとき、突然、当時のブッシュ大統領(現大統領の父親)からスハルト首相に手紙が届いたのです。

 「日本の経済ばかりがよくなるのは好ましくない、アメリカのAT&Tのシステムを買ってくれ」という内容だったので、スハルトは頭を抱えたといいます。

 結局、入札をやり直して、NECとAT&Tが半分ずつ受注することになったのです。

 この事件に対して、日本の受け止め方はクールだったのですが、ヨーロッパではかなり注目されました。「どう見ても通信傍受をしているとしか考えられない。それで内情を知った上で、入札を引っ繰り返したのだ」というわけです。

 それを裏付けるように、その後はヨーロッパでも似たような事件が、次々に起きました。たとえば、サウジアラビアにエアバスを売り込もうとすると、なぜかアメリカがごり押しをしたり、アメリカと会議で対立した国に、次々に通貨危機が起きるといった具合です。

――通貨危機が起きた国というのは、例えばどこがあるんですか。

鍛冶:
 まず、1990年代のはじめに、イギリスでポンド危機が発生。次にフランスのフランが暴落します。

 フラン暴落が起きたのは、ちょうどGATTのウルグアイラウンドで、フランスとアメリカと対立をしていたときのことです。そのさなかですから、ずいぶんとタイミングがいいものだと当時は言われたものです。

 詳しくは拙著『エシュロンと情報戦争』に書きましたが、その後も1990年代は各国で通貨危機が発生し、そのほとんどにアメリカがからんでいると考えられるのです。

 というのも、通信傍受をやっていれば、どこよりも早く世界中の経済情報が手に入りますから、通貨危機くらい起こすのは朝飯前です。いち早く入った経済情報を、例えばヘッジファンドに流してやれば、通貨のレートは大きく変動しますからね。

 そうした一連の通貨暴落のなかで、日本では例外的に円が暴騰しました。村山政権下で、1ドル79円をつけましたが、あのときは日米包括協議で日米が対立をしていた時期です。円が暴騰した結果、日本の輸出産業は大打撃を受けてしまいました。

 前にも述べましたが、日本の国際競争力が1位から30位に低下して、1990年代の「失われた10年」を招いたのも、エシュロンを中心とした情報戦略の差が大きく関係していると私は考えています。

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