“塩爺”が日本の構造改革を語る!(前編)
~行政も「プラン・ドゥ・シー」が必要~

第一次小泉内閣で財務大臣を務め、大臣時代には“塩爺(じい)”のニックネームで女子高生をはじめ広く国民から親しまれた塩川正十郎(しおかわ・まさじゅうろう)氏。2003年には政界を引退し、その後は東洋大学総長、関西棋院理事長、日本相撲協会運営審議会委員に就任。政界のご意見番としてテレビにも出演するなど精力的な活動を続けている。
その塩川氏がかつての盟友、小泉首相の今の心情、そして「行政改革」に必要なものは何かを2005年12月20日、東京財団で行われた講演の中で語った。
塩川氏は小泉首相は辞任発言で自らを窮地に追い込み、焦りのピークにあると、その心を分析する。そして改革には行政の監視業務強化と公務員の再配置こそが必要だと主張する。そこには塩川氏独自のユニークな視点がある。

文/川口篤、講演/塩川正十郎(元財務大臣、東洋大学総長)

2006年1月17日

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小泉首相は辞任発言で自らの首を絞めた

閣議に臨む小泉首相
今年初めての閣議に臨む小泉純一郎首相(中央)(東京・首相官邸)
(写真提供:時事通信社。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うことは禁じられています)


元財務大臣、東洋大学総長
塩川 正十郎氏

 まず私が最初に話したいのは小泉さん(小泉純一郎首相)のことです。

 私は小泉さんはちょっと焦っているのではないかという感じがするんです。2005年の9月の衆議院の総選挙であまりにも勝った。小泉さんはそのはずみで、ちょっと気分が緩んだ。

 「私は来年の9月で辞めます、任期がきたら辞めます」といってしまった。この一言が実は今になって小泉さんの心に深く突き刺さって自分自身を苦しめることになったのではないかと私は思うんです。小泉さんは「しまった、えらいことを言ってしもうた」という気持ちじゃないかなと思ってます。

 選挙の前後の彼の言葉を聞くと、「総裁はこうあるべきだ」とか「私が辞めた後の総裁選はものすごくもめますよ」とか、何か余計なことをいって、総裁選をすごく意識していたような気がするんです。

 政治家は自分の進退を公言すると、実はそこでリーダーシップは止まってしまうんです。それは、私も経験しています。小泉さんは「来年の9月の任期で辞める」ということを言ってしまった。そうなると、何としても自らが掲げた「行政改革」を仕上げしていかなければいけない―――その気持ちが、強くなったのではないかと思っとるんです。

 さて、選挙が終わり、ちょうど1か月経ってから内閣改造がありました。私はあの内閣の人事は小泉さんが考えに考え抜いた結果の人事だったと思います。

 その1つが総務大臣の人事です。私は今度の組閣で総務大臣に竹中平蔵さんを持ってきたと聞いた時、思わず「やったね」といいました。

 なぜかというと、これからの改革を進めるには、郵政の後始末をつけなければなりませんし、法律も作らなければなりません。それから、政府系金融機関の整理統合、国と地方との権限を移管して、税源も移譲するという「三位一体の改革」も残っています。

 小泉さんは「公務員制度も変えるんだ」といっています。この大きな4つの改革を担当するのはすべて総務大臣です。そうすると、総務大臣が今までと同じようなことをやっていたのでは、とても改革なんてできないんです。

 だから、小泉さんは「おまえも死ぬ気で、おれと一緒に心中しようじゃないかという気持ちでやってくれ」と竹中さんを口説いたに違いないと私は思っとるんです。

 竹中さんは、やはり学者ですから内閣の参謀本部のようなことをやっていきたい気持ちが強い。軍団の軍団長、軍司令官、連合艦隊司令長官などにはなりたくないというのが、あの人の気持ちなんです。

 それが総務大臣は連合艦隊ではないけれど、第一艦隊の司令長官のようなものですから、そんなものになるということは望んではいなかったと思います。しかし小泉さんは竹中さんをそこへ持ってきた。ここに小泉さんの「改革をやるんだ、急ぐんだ」という気持ちがありありと出ているわけです。

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