「失敗学」がしなやかで強い組織を作る(前編)

工学院大学教授・東大名誉教授
畑村 洋太郎 氏


大企業の不祥事・事故が相次いでいる。「日本の安全神話は崩壊したのか」という声が渦巻く中、「日本人は自虐的になる必要はない」と「失敗学」の創始者である畑村洋太郎教授は指摘する。過去の失敗を直視し、そこから真摯(しんし)に学べば、時代にしなやかに対応できる強い組織が生まれる--そう語る畑村教授に失敗の生かし方を聞いた。

聞き手/吉田直人 文/吉村克巳 写真/柚木祐司
2006年7月22日

尼崎脱線事故に隠された「幸運な偶然」

マンションに衝突し、大破したJR福知山線快速電車の車両。マンションに巻き付くように潰れているのが2両目で、先頭車両はこの下敷きになっている。(25日午前11時20分、兵庫・尼崎市)[時事通信社ヘリコプターから]

――多くの死傷者を出したJR西日本の尼崎脱線事故の現場にも足を運ばれたそうですが、そこで何かお気づきになりましたか。

畑村:
 脱線事故から20日ほど経って現場に行ってみましたが、すでに事故車両と一部のレールは検証のために撤去されていました。脱線しなかった5両目から後ろは対向線路上に移動してありましたが、実は私が驚いたのは事故現場でありませんでした。

 電車が激突したマンションから尼崎方向に歩いていくと、すぐ近くの対向線路上に、特急列車が止まっていたのです。事故現場との距離は約100メートルでした。その後ろの高架橋の上にも、次の列車が停止していました。今後は逆方向に戻って、事故列車の後続車両を調べてみると、300メートルほど後ろに快速列車が止まっていた。まさに数珠(じゅず)つなぎで、ぞっとしましたよ。もし、対向列車や後続列車が突っ込んでいたら、想像できないような惨劇が起きていたかもしれません。

 それでは、なぜ二重衝突という最悪の事態に至らずに済んだのか。これまでの報道によると、対向列車の運転士が事故現場手前の踏切で、異常を知らせる特殊信号発光機に気づいて停止し、運転台の「防護無線機」のボタンを押して付近の全列車に緊急停止を命じたからとも、また別の話では、近所の主婦が踏切脇の非常ボタンを押したからとも、言われています。

 しかも恐ろしいことに、踏切の特殊信号発光機がどうして作動したのかは不明だというのです。もし発光機が作動していなかったら、もし対向車両の運転士が信号に気づかなかったら、二重・三重衝突は避けられなかったでしょう。このとき、事故車両の車掌は本部への報告中で、防護無線機は押されていたが、作動しなかったと報告しているそうです。だから、二重衝突が避けられたのは本当に「幸運な偶然」だったのです。

――報道機関はそうした重要な点を指摘せずに、事故直後のJR社員の対応批判に終始しましたね。

畑村:
 JR社員が事故直後にボウリングやゴルフへ行ったとか行かないとか、つまらない問題一色に染まってしまいました。もちろん、「事故直後だからボウリングは中止しましょう」と上司にいえない職場環境は感心しません。でも、昼夜3交代で夜勤もある職場に、昼間から遊ぶなと批判するのは筋が違う。この手の報道は事故の本質を矮小(わいしょう)化してしまいましたね。

 重要なことは「幸運な偶然」を幸運なままにしておいてはいけないということです。どのようにして特殊信号発光機が作動したのか。なぜ事故車両の防護無線機は作動しなかったのか。本部と車掌の通信で、事故状況の報告だけでなく、「後続・対向車両への警報を作動させたか」の確認があったかどうか、そうした点をしっかりと調査し公開してもらいたいものです。これはATS(自動列車停止装置)や脱線防止ガードがなかったことより重大な問題です。

 それにしても腑(ふ)に落ちないのは車掌が、なぜ事故発生後2分間も連絡を怠っていたかです。メディアは、こうした問題意識を持ちながら現場検証をすれば、多くの新しい視点が見つかるはずです。

 事故の責任の追及も重要ですが、このように事故を直視してあらゆる原因を究明し、次に生かしていくのが私の提唱する「失敗学」の本質です。

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