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会社が取るべきリスク、避けるべきリスク

第11回
間違いだらけのM&Aを回避せよ
~人材を事前評価し合併後の統合を考えよう~

東京青山・青木法律事務所パートナー 関口 智弘氏
2006年5月29日

やはり上手くいっていないM&A

 近年我が国のM&A件数は増加の一途をたどっており、企業買収は日本企業における経営のツールとして市民権を得た感がある。ただ、毎日のように発表される企業買収は、果たして企業価値の増大というハッピー・エンドを迎えているのであろうか。筆者や同僚が経験した数々の企業買収案件を見ても、順調に成功している例は残念ながらさほど多くはない。実際、ほとんどのM&Aは失敗に終わっているという統計もあると聞いている。買収後に成功できなかった例だけではなく、そもそも買収に至らなかった「破談」事例も後を絶たない。

 少し前のケースでは、大正製薬と田辺製薬の破談(2001年12月8日発表)が挙げられる。両社は、2001年9月17日に「共同株式移転に関する覚書」を締結し、経営統合を発表した。その内容は、2002年4月1日をめどに共同株式移転により持株会社を設立し、同年10月をめどに大正製薬の医療用医薬品事業を田辺製薬に統合すると同時に、田辺製薬の一般用医療薬品事業を大正製薬に統合するというものであった。

 当時の製薬業界では生き残りのために規模拡大が不可避とされており、この両社は経営統合によって経営資源を集中し、国際競争力の獲得を図ったといわれている。医薬品の田辺に対し大衆薬の大正という異質な2社の統合は一見するとシナジーがあるように思われたが、両者とも国際競争力に乏しく、当面発売できそうな新薬候補がないという欠点を共有しており、シナジー効果は疑問視されていた。

 結局、両社は、統合発表からわずか3カ月弱で統合解消を発表することになる。その主な原因は、株式移転比率が大正1:田辺0.55と2倍近くの差があったにもかかわらず、田辺側が「対等の精神」による統合に固執したこと、人事面のインフラの統合が困難であったこと、などが挙げられている。なお、この統合計画では、統合合意までの期間が3カ月程度であり、社長同士の会合は3回のみであった。実務レベルでの十分な協議や、シナジーの検証、その他のデューディリジェンス(due diligence:適正評価)が十分なされたうえでの統合発表だったのか、疑問が残る。

 また、2003年に発表された熊谷組と飛島建設のケースも興味深い破談事例である。両社は、2003年5月19日に「包括的業務提携協定書」を締結し、統合比率を定めないまま統合を発表した。

 両社の統合の主な目的は、得意分野での技術融合、重複部門での合理化によるコストダウン、両社で培った技術力を結集することによる新規事業拡大の3点であった。両社は、双方の社長を委員長とする統合プロジェクトチームを組成し、月に数回の頻度で統合に向けた協議を行っていた。

 しかし、統合発表から18カ月後の2004年11月15日、統合解消を発表した。その理由は、得意分野が重複する結果、公共工事の入札機会減少などによる受注高減が大きく、システム統合のコストが当初の予想以上に膨らむことが判明し、さらに、合理化によるコストダウンもスムーズに行かないことも判明したためといわれている。要するに、シナジーが実現できないうえに、統合コストがかさむことが統合発表後に初めて分かった、ということである。

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