嗜好品を買うのに許可証がいる社会
嫌煙・分煙は結構だとしても、ひとこと言わせてもらえば、そのたぐいの主張は30年前にはほとんどなかった。中国へ行けば、まずたばこを勧めるのが向こうの礼儀だった。
もっとさかのぼれば、子どものころ、学校の先生はたばこ臭く、職員室は紫煙が立ちこめ、先生の指先は黄色く変色していたものだ(当時はフィルター付きなどなかった)。これをだれも怪しまなかった。
新聞社も同様で、駆け出し時代、デスクはたばこを離さないのが当たり前のポーズであり、横着なデスクはかたわらのゴミ箱に灰を落とすから、ときに燃え出したりした。
その「よき時代」からたばこの害を叫んでいたのなら立派なものだが、どうも昨今の嫌煙派は、世界的な禁煙ブームに便乗しているだけなのではないかと思える。反捕鯨団体の正義派を気取った独善的ないやらしさとだぶってくる。
93歳で死去した映画監督の市川崑氏はくわえたばこのポーズで知られた。健康被害が声高に叫ばれるが「きょうも元気だ、たばこがうまい」という人生もあるのだ。
たばこを未成年に販売しないようにという趣旨は分かるにしても、これを許してしまったら、次は酒類ということになりかねない。未成年には禁止という点では同類だ。そういう嗜好品を買うのに許可証がいる社会など願い下げである。
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