第82回
守屋氏が君臨した防衛省の「危うさ」
政治アナリスト 花岡 信昭氏
2007年10月25日
安倍前内閣で小池百合子氏の防衛相在任は55日間だった。小池氏は「北京の55日」になぞらえて「市ヶ谷の55日」と呼んでいる。この短期間で、小池氏は守屋武昌防衛事務次官の「更迭」を成し遂げた。一般には、なぜ守屋氏の「放逐」にあれほどの執念を見せたのか、疑問に思う向きも多かったのではないか。
守屋氏に防衛専門商社の元幹部とのゴルフ接待疑惑が発覚して、その疑問が解けたのではないかと思われる。守屋氏は4年も次官を務めたが、小池氏が守屋氏の更迭に執着したのは、単に在任期間が長すぎるということだけではない。守屋氏が君臨する防衛省・自衛隊の「体質」に、国家の危機管理を担う組織としてはあってはならない「危うさ」を感じ取ったからである。そこに、守屋氏個人の行状という次元を超えた深刻な現実がある。
もう20年以上前になるが、筆者も新聞社在勤時代に防衛庁(当時)を担当した経験がある。そのころ、既に守屋氏は防衛庁内局の超エリートとして、だれもが将来の次官候補を当然視するほどの存在感を示していた。
防衛庁幹部には当時の大蔵省や通産省、警察庁などからの出向組も多く、生え抜きの実力派に庁内の期待感が集まっていたのも事実だ。守屋氏はそうした声をバックとして着実にエリートコースを歩み、次官にまで上り詰めた。通常では次官の在任期間は2年程度なのだが、その倍を務めたことになる。だれも、そのクビに鈴を付けられなかったのだ。
防衛専門商社・山田洋行との「関係」は、防衛関係者の間でひそかに問題視されていた。防衛省は武器、弾薬をはじめとして、特殊な装備品の調達が必要な役所である。全国に展開する基地でも膨大な調達品が必要だ。公共事業全体が締め付けられている中で、防衛関連は残された「聖域」だったのである。
あなたのご意見をコメントやトラックバックでお寄せください
この連載のバックナンバー
- 憲法論議に「25条」が出てきた不可解さ (2009/05/07)
- 日本の政局のキホンを解説する (2009/04/30)
- 小沢氏が代表を辞任しない民主党の構造 (2009/04/23)
- 総選挙後に「大連立」再燃の可能性 (2009/04/16)
- 「テポドン2号」は日本に何を残したか (2009/04/09)

