「反日」をあおるのはだれか
「南京大虐殺」は、日中戦争初期の1937年暮れ、当時の国民党政府の首都、南京を日本軍が攻略した際に起きたとされる。中国はいまだに「30万虐殺」を主張している。当時の南京の人口は20万程度だったから、どう見ても「白髪三千丈」のたぐいの話なのだが、反日テーマとして、「靖国」から「南京」への転換が進行中であるようにも見える。
首都攻略戦だから、それなりの激しい戦闘行為があったのは事実だ。軍服を脱いで一般人に紛れ込む便衣兵の掃討作戦もあった。一部に不心得者もいただろう。だが、アイリス・チャンが書いた「ザ・レイプ・オブ・ナンキン」は、ほとんどが虚構である。その事実誤認を指摘されたアイリス・チャンは拳銃自殺している。
いわば、「20世紀最大の謀略戦」が「南京大虐殺」を生み出したといっていい。ティンパーリーら外国特派員が国民党宣伝部から支援を受けて、英語、中国語の著書を同時出版し、これが「南京大虐殺の定本」となっていった過程なども、既に研究者によって明らかにされている。
とてもではないが、ナチスのホロコーストと同一視されてはたまらない。問題は、敗戦ショック、東京裁判、「諸国民の公正と正義」に国の将来を委ねる憲法、といった歴史の過程の中で、国際的な謀略戦に真っ向から立ち向かえなかった日本の脆弱さにあるように思える。
日本国内のメディアの一部に「反日」をあおり立てることを好む勢力が存在するのも厄介な現実だ。「日中問題」「日韓問題」は、つまるところ「日日問題」にある、という言い方もできよう。
米下院の対日非難決議への動きなど、不幸な状況に手をこまねいていると、「原爆を落とした米国への非難」が噴出する、といったあらぬ方向への展開も懸念される。その場合、ほくそ笑むのはだれか。
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