そもそもはちょっとした日本語論争
今回のケースはこういう事情である。みずほ銀行のインターネットバンキングを利用すると、そのWebページから宝くじのサイトに移れるようになっている。その操作をすると「宝くじサービスのログイン画面に遷移しますがよろしいですか」という表示が出る。この「遷移」という言葉にどうもなじめない。遷都はあっても遷移というのは一般的には使われていないのではないか。載っていない国語辞典もある。「広辞苑」で調べると、生物学や物理学の専門用語らしい。
このところ「言葉のチカラ」をやけに強調している朝日新聞の記事を検索してみると、1年間の全記事のうち遷移は4回だけ出てくる。それも植生の変化や「ご神体の遷移」といった特殊な使われ方である。やはり一般的な言葉ではなかった。
で、読者の1人がみずほ銀行の広報責任者に当たってくれた(筆者も以前、おかしいのではとメールしたことがあったのだが、「貴重なご指摘ありがとうございます」という返信があっただけでそのままだった)。その結果、検討したいという返事が来た。ネットの世界では画面遷移といった使い方をしており、サイト制作スタッフはまったく疑念なくこの言葉を使ったらしい。ネットの専門的な話ならともかく、宝くじサイトの案内表示にはそぐわないのではないか、というのが筆者の感覚だ。
それはそれとして、回答文の中に気になる表記があった。「・・・。」と、かぎかっこ「 」の中の文章の最後に句点(。)が付いているのである。これは日本語文章としておかしいのではないか。文学作品ならともかく、新聞も雑誌も単行本も、ほとんどがそうはなっていない。
ということで、句点はどこに付けるべきかという論争(というのも大げさだが)に発展した。文部省の古い通達には「 」内の文章の末尾にも句点を付けるよう規定されており、最近の教科書でもそう指導しているという。それでは一般的な現代日本語文章の書き方と違うではないか。
この連載のバックナンバー
- 憲法論議に「25条」が出てきた不可解さ (2009/05/07)
- 日本の政局のキホンを解説する (2009/04/30)
- 小沢氏が代表を辞任しない民主党の構造 (2009/04/23)
- 総選挙後に「大連立」再燃の可能性 (2009/04/16)
- 「テポドン2号」は日本に何を残したか (2009/04/09)

