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我々の国家はどこに向かっているのか

政治決着を回避したことは本当によかったのか

 それはともあれ、竹島近海の海洋調査を巡る日韓交渉では、外務省の谷内正太郎事務次官が韓国に乗り込んだ。筆者の知る限り、サラリーマン化したといわれる昨今の外交官のなかで、「最後のサムライ」とっていい硬骨漢である。

 外務官僚としては最高の仕事をしたということだろう。その点は十分に理解できる。だが、首相官邸は谷内氏が勝手に出向いて取りまとめたとして「戦犯だ」と怒っているのだという(週刊新潮5月4・11日号)。

 上海総領事館員の自殺の一件に見るまでもなく、例によっての、官邸と外務省の意思疎通の欠如が浮かぶ。首相官邸とすれば、政務の官房副長官あたりを派遣して、政治的に決着をつけたかったという思惑もあったのだろうか。

 これまで、日米貿易摩擦など、官房副長官が出かけていって取りまとめるといったケースが多かったが、これは事務レベルの協議が積み重ねられ、最後にかたちをつけるという意味合いが濃かった。今回は、相手が席を立ったのを呼び戻して協議を続けたというぐらいだから、お膳立てが整えられた上で政治家が出て行くというわけにはいかなかった。それほど切迫していたのは事実だろう。

 そうした意味で、谷内氏はすさまじい仕事をしたのである。だが、政治的決着ではなかったことで、盧武鉉大統領の特別談話を生むスキを与えることになる。外交ルートの限界だ。

 今回の合意によって、韓国は6月の国際会議で竹島周辺の海底地形の韓国名表記提案を行わないことになった。日本側は予定していた海洋調査を中止した。5月中にも日韓の排他的経済水域(EEZ)画定協議を再開することでも合意した。だが、その後、韓国側は大統領特別談話に即発されてか、6月の国際会議での韓国名提案を完全に断念したわけではないなどと言っている。

 竹島は1661年ごろ、太谷、村川両家が幕府から拝領、1905年、島根県への編入が閣議決定された。51年の講和条約では朝鮮を放棄したものの竹島は含まれないと日本側が主張、翌52年、韓国が領有を宣言して李承晩ラインを設定した。54年から、韓国は警備隊員を常駐させている。65年の日韓基本条約では竹島は紛争処理事項とされ、昨年、島根県が「竹島の日」を設定したことで、再び、ホットな「反日テーマ」に浮上した。

 韓国側は竹島を「独島(ドクト)」と呼ぶ。だから、「竹島は日本領、独島は韓国領」ということにすれば丸くおさまる、というのは悪い冗談で、問題は自国の領土であると主張するために何が必要か、韓国のほうが「巧みに対応した」ということだ。

 
 

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