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第10回
「子どもがいない」というリスク
ファイナンシャル・プランナー 高橋 希代子氏
2006年5月25日
いつか日本人がいなくなる!?
少子化は、すでに先進諸国共通の社会問題になっている。日本でも、生まれてくる子どもの数は減る一方だ。日本女性が一生のうちに生む子どもの数は、平均で1.29人(2005年、厚生労働省発表)。1組の夫婦が少なくても2~3人は子どもを生まないと、日本人は将来いなくなってしまうかもしれない。
政府は少子化対策(次世代育成支援)を色々と考えてはいるが、残念ながら効果はそれほど見えてこない。少子化で問題になることとして、国力や労働力の低下、財政の悪化などが取り沙汰されるが、実は私たち個人、一人ひとりにとっても、子どものいないリスクは存在する。
今回は、子どもがいないことで、どんな困ったことが自分自身に起こるのか考えてみたい。
(1)入院したとき保証人がいない
高齢者向けの住宅や施設に入るとき、病院に入院するときには、たいてい保証人が必要だ。場合によっては保証人が2人要ることもある。家族や身内、あるいは友人に頼めればよいが、それができない場合、とても困ってしまう。
長生きは喜ばしいことだが、高齢になるほど配偶者や兄弟も亡くなって、友人や親しい人たちがどんどん先にいってしまう。そうなったとき、子どもがいれば保証人になってもらえる。けれど、子どもがいないと保証人探しに苦労することは間違いない。
(2)介護してくれる人がいない
「介護」というと、食事を食べさせたり着替えさせたり下の世話などを想像する人は多いようだ。確かに寝たきりになると身体介護は欠かせない。けれども現実には、寝たきりになる前にすべきことがいろいろある。まず、体調の変化を観察したり、病院選びや医者との付き合い、介護保険を使うなら役所へ行って申請手続きをしなければいけない。本人が判断できなくなっていたり、例えば脳梗塞で動けない状況だったら、誰が医師や関係者と介護について相談したり判断したり手続きを取ったりするのだろうか。
いまどき、身体介護はお金を払ってケアサービスを利用すれば何とかなるが、そのケアサービスは依頼しないと受けられないのが現実だ。
子どもや身寄りのいない人が要介護になったら、いったいどうなるのか。今後、この問題は社会全体で考えるべき重要事項になると予想されている。
(3)自分の最期の始末をしてくれる人がいない
不老不死の人間はいない。いつか自分もあの世へ旅立つ日がくる。そして、自分の葬儀や埋葬は、自分では決して行うことはできないのだ。それをやってくれるのはいったい誰か。
一般的な例は、夫が亡くなった時は妻が行い、妻が亡くなった時は子どもが行うことになる。しかし、子どもがいない人はどうするのだろうか。「死を考えるなど縁起でもない」と、何も考えない人は多い。自分の死後など考えたくもないという気持ちはよく分かる。けれども、子どものいない人こそぜひとも考え、そして信頼できる人を探し、頼んでおくことは大切なことだと思う。
頼み事は、葬儀や埋葬だけではない。税金、年金、保険、銀行など、様々な手続きと、自分の使っていた衣類や荷物(遺品)の処分。これもかなりの大仕事だ。
税金は税務署、年金は社会保険事務所、健康保険は市区町村役場、取引のある金融機関すべて、不動産の登記は法務局と、手続き関係だけでも大変な労力と時間を要する。そして荷物の整理と処分。これは経験のない人にはピンと来ないだろうが、実際にやってみると本当に骨が折れる作業なのだ。私たちが日ごろ、いかに多くのモノと一緒に生活しているか、遺品を整理すると実感するに違いない。
子どもがいない人は、まずは甥(おい)や姪(めい)が、後始末を頼む人の候補になるだろう。甥や姪を可愛がっておくことは、とても大切なことだ。
(4)相続で、配偶者の身内とトラブルの可能性がある
民法では、子どもいない夫婦の場合、亡くなった配偶者の親または兄弟姉妹も相続人になることが定められている。例えば夫が亡くなったとき、夫の親も亡くなっていたら、夫の兄弟姉妹と妻が、夫名義の財産を分け合うことになる。法定相続による遺産分割は、妻が4分の3、夫の兄弟姉妹が4分の1という割合だが、どちらか一方でも遺産の額に不満があれば裁判になる可能性がある。また、もし相続財産が自宅だけという場合は、その自宅を売却し、現金化して分けることになるかもしれない。そうなると、残された妻は住み慣れた我が家を失うことになってしまうのだ。
ただし、遺言書があればトラブルなどは防げるはず。本来、相続には遺留分(必ず取得できる財産の権利)というものがあるが、夫の兄弟姉妹に遺留分はない。遺言書に「妻に全部譲る」と記載すれば安心だろう。けれど、妻が先ということも、ないとは言い切れない。子どものいない夫婦は、どちらが先にいっても困らないような相続対策をしておくことが必要といえる。
(5)お墓が無縁墓になる
お寺さんとお付き合いのある都会人は少数派かも知れないが、地方に住んでいる場合は古くからお寺さんとのお付き合いがあり、菩提寺に先祖代々のお墓がある人は多い。菩提寺になくても、墓地や霊園など、必ずどこかに先祖のお墓があるだろう。昔から所有している土地の一角に、先祖や親戚の墓が並んでいるという家も珍しくないようだ。
寺院墓地はもちろん、自治体や民間の霊園も、毎年、檀家料や管理料がかかる。それらを負担してくれる子孫がいないと、無縁墓・無縁仏となってしまう。土地も相続する人がいないと、そこにある祖先のお墓はどうなるのだろう。そして自分の入るお墓は。
先祖や自分たちのお墓をこれからも守り続けるのは、意外に簡単なことではない。
(6)後継ぎがいない
由緒ある家柄や珍しい名字、先祖から受け継いでいる財産があったり、事業で成功した場合などは、できれば子孫に継いでほしいと願うだろう。でも子どもがいなければ、それはかなわないこと。例えば、莫大(ばくだい)な財産があったとしても、相続する者がいなければ没収されてしまうことを認識しておこう。
せっかく買ったマイホームも、子どもがいない場合、自分の亡き後、誰のものになるのか。そこまで考えて、家を持つことを検討すべきではないだろうか。
(7)子どもとともに親として成長する体験ができない
子育てをしていると人間の原点を感じることができる。いま、どんなに偉そうな人でも、赤ん坊だったころの様子や泣き顔を想像しただけでおかしくなる。そして、幼い子を抱きしめる喜びはどんな大金でも買えないものの一つだ。
また、子どもが成長していく過程を毎日じっくり観察するのはけっこう楽しいもの。子育ては同時に親育てでもあり、自分も親として、人として学ぶことは多い。自分の子育てを振り返ってみると、子どものおかげで成長させてもらったような気がする。早いもので、我が子は間もなく二十歳。子育てという大事業を終えた満足感を、一人でも多くの人に体験してもらいたいと願わずにいられない。
子どもを持たない生き方もよいかもしれないが、子どもを持ってみると、生んでよかったと感じる瞬間があり、命に感謝するときが必ず訪れるような気がしている。
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