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医療社会学からみたリスク

ケアと愛撫とセキュリティ

 さて、広い意味での医療を英語で「ケア=care」と表現する。この言葉は、ラテン語で配慮や気がかりや大切という意味の「クーラ=cura」(「治す」を意味する動詞であるcuroの命令形)という単語に由来している。医学的治療という狭い意味で使われることの多い「キュア=cure」という言葉も同じ語源だ。また、神の愛(カリタス:「DEUS CARITAS EST」=神は愛である、という意)から転じて、慈善の意味で使われる「チャリティ=charity」も、元はといえば同じ語源だとされる。

 「クーラ」から派生した言葉を西洋語のなかにたどってみると、医療や看護や治療だけではないもう少し違う意味の世界が見えてくる。

「チャリティ」といえば精神的な愛を指しているが、もっとロマンティックな単語で「カレス=carres」(「愛撫」するという意味)というのも、同じ根っこから分かれている。べつに恋人たちの愛撫というエロティックな意味だけではなく、秋のさわやかな風が頬を撫でるのも、ピアノの鍵盤をなめらかに指が走るのも「カレス」だから、柔らかにタッチするというぐらいの語感だろう。

 手を触れないでもできる光学式スキャンという合理的な患者ID管理によって、「ケア」から失われたのは、「カレス」と重なり合う具体的な「手当て」の触れ合いやタッチによる癒しの感覚なのだというのはこじつけだろうか。

 面白いことに、リスクから身を守ることを「セキュリティ=security」というが、ここにも「クーラ」が入っている。“セ”というのは否定語であって、気がかりや配慮(クーラ)が必要ない状態という意味になり、安心や安全を指す言葉となっているわけだ。

 バーコードと光学式読み取り装置による合理化は、確かに医療過誤のリスクを減らし、「セキュリティ」や安心感を与えてはくれる。しかし、「セキュリティ」をどんなに積み重ねても、「ケア」に到達することはできないだろう。

 リスクが恐れられてセキュリティが偏重されるケアの現場に、「カレス」のような触れ合いを復権することは可能なのだろうか?

 そんなことを考えるうちに退院の日が来た。「退院おめでとうございます」の声とともに、バーコードがパチンと手首から外される。一抹の不安を感じながらも、とりあえずは病者の王国から健常人の王国への帰還だ。

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