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医療社会学からみたリスク

第2回
医療過誤から身を守る「賢い患者」の真の意味

神経内科医・医療社会学者 美馬 達哉氏
2006年2月1日

「賢い患者」になる?

 最近、インターネットなどで医療知識を得て「賢い患者」になるべきだ、ということがよく言われる。多くの場合、賢い消費者としてよりよい医療機関を選択すべきだという意味で使われているようだ。しかし、ちょっと待ってほしい。医療社会学の視点から考えれば、選択の自由を行使する賢い患者になることは、医療過誤から身を守ることにはつながらないのだ。

 ちょうど7年前の1999年1月11日に、医療をめぐる一つの衝撃的な事件がメディアをにぎわせた。それは、ある公立大学医学部附属病院で起きた手術患者の取り違えというケースだ。心臓の手術を受けるはずだった患者と肺の手術を受けるはずだった患者が手術室で取り違えられて、そのまま誰にも気づかれることなく、それぞれが間違った手術を受けてしまったというのだ。不幸中の幸いは、不必要な手術を受けた患者は二人とも、手術そのものが直接原因で死亡するという事態だけは避けることができたことだった。

 大きな手術に際して、医学部附属病院という最高レベルの医療を提供しているはずの施設を選んだということは、もちろん賢い消費者としての選択だ。しかし、それでも初歩的な医療ミスの被害者になってしまうことがある。このケースは、以後、多くの病院での輸血ミスや投薬量ミスなどに関する報道が重なったこともあり、こんにちにまで続いている「医療の安全神話崩壊」のきっかけとなった。そのことではっきりしたのは、医療過誤は、一部の低レベルの病院でしか起きないものではなく、どこでも起き得るものなのだ、ということだ。

医療過誤死>交通事故死

 災害や事故に関しては、表面に現れるケースは全体のごく一部に過ぎないことがよく知られている。それを一言で言い表したのが、職場での労働災害での研究に基づいた「ハインリッヒの法則」である。

「1つの重大事故の背景には、30の軽度の事故、傷害には至らなかった300の事故がある」

 覚えやすい法則であるし、事故への注意を喚起するという面ではいいのだが、もう少し実証的なデータをここでは紹介しよう。1984年に、米国のニューヨーク州での入院患者約3万人のカルテを対象とした調査がもっとも権威ある研究とされている(『医療過誤対策 全米調査プロジェクト』P.C.ワイラーら/青木書店)。

 その研究によれば、入院中に医療によって何らかの傷害を受けた患者は3.7%で、その多くは軽度の傷害だったものの、うち14%(つまり7人に1人)が死亡にいたる重大な傷害だったという。傷害を受けた患者総数から不可抗力によるものを除いた残りの58%は注意すれば防ぐことができたはずの原因によるもので、27%(つまり入院者の1%)では、医療者に過失の責任があったという。この数字が全米にそのまま当てはまると仮定すれば、医療過誤によって死亡した患者数は、なんと交通事故による死者数をも上回ることになってしまうのだ。

 ただし、訴訟社会といわれる米国でもこうしたケースのすべてが医療裁判となるわけではないようだ。(原告勝訴の場合などで医療過誤があると思われる)訴訟件数などから推定すると、医療者に過失があった医療過誤のケースで訴訟にまで発展するのは、15~50件に1件程度らしい。おそらく日本ではもっと少ないだろう。

 こうしたデータから考える限り、軽度のものも含めた医療過誤は医療現場ではいわば日常茶飯事であって、賢い選択によって質の悪い病院やクリニックを避けることだけで逃れることは難しいのである。いいかえれば、個々の患者が自己責任でリスクから身を守るのではなく、医療システムの問題として安全対策を考えなくてはならないということだ。

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