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現実主義に目覚めよ、日本!

第57回
You と Me を区別しない日本的人間関係

東京財団前会長 日下 公人氏
2007年5月18日

 外国と日本を対比して、日本にあるものとないものを検討すると、いくつかの違いがあると考えている。

 まず日本には自我がない。特にデカルトから始まってフランス革命のころにいわれた「近代的自我」がない。これは欧米と比較したときの違いである。

 ヨーロッパに自我があるのはなぜか。ヨーロッパにも本当にどこまで自我があるか分からないが、ともかく人々は、それがある振りをしないといけない。デカルト以来「我思う、故に我あり」で通る社会だから、「思っていない」などということはできない。思った主体が「我」だから、投票をする権利がある。個人主義や民主主義の根本には、自我がなくてはならない。

 それに対して、日本人には自我がない。一番よく表れているのが、最近、無宗教の葬式というのが流行していることだ。無宗教の葬式では、故人は昔こういう趣味に凝っていました、こういうスポーツでこれだけのことをしましたといったようなことばかりが記してある。その人を説明するのに趣味ばかり出てくる。無宗教で葬式をすると、個人や個性ばかりが出てくる。

 もっとも、それ以外に、死んだ時に出してもらいたいものなどないのが普通の日本人といえるだろう。あるとすれば、勲章をもらったことや、協会の理事長をしていたこと、大学教授だったこと、何とか賞をもらったこと、そういうのが自分だと思っている人もいるが、葬式に来た人たちはそういうのを見て品がないと思うだろう。

 葬式に来た人たちは、心の中では「あの人はわたしのことを覚えてくれた」「わたしによくしてくれた」といったことを思い出しながら拝んでいる。「○○長」になったからといって、偉いとは思っていない。それが日本人の心の葬式だろう。

 
 

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