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現実主義に目覚めよ、日本!

第46回
「大目に見る」という日本の精神

東京財団前会長 日下 公人氏
2006年12月14日

 権力を持っている人は、それをみんなに見せつけなければならない。スターリンは革命に成功すると、クレムリン宮殿に入った。そうすると、王朝が続いているように人々が思うからだ。

 本当はロマノフ王朝の親戚まで全部集めてみんな殺してしまったのだが、その後の宮殿にスターリンが入っていると、国民が安心して、スターリン様と言ってくれる。そんな現象がある。

 明治天皇も同じで、徳川を追い出して江戸城に入った。それより前は、天皇は石垣のある場所には住まなかった。京都とか、町の中に「神主の親分」として住んでいた。それが、明治維新以降は石垣のあるところに住むようになった。

 石垣のある場所に住むのは武家だから、武士の親分の家に天皇が入るなんて本来は格下げだと思うが、国民は「徳川さんの後継ぎか」と思ったのだ。明治天皇は、国民がそう思ってくれると考えて、江戸城に入ったのだろう。

 当時、廃藩置県をしたが、秩禄公債(士族の家禄廃止に伴う給付金のための公債)なんて紙切れだったから、いつ士族が謀反を起こすか分からない。でも、その心配はもうなかろうとなったころ、華族制度を作った。

 一番偉いのは天皇で、次は皇族である。その下に華族がある。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵を作って、そこへ元大名と小名、それから陸軍大将、海軍大将、あるいは東大総長とか、そういう人を華族にして、「おまえたちは一般国民より偉いんだぞ。天皇に忠義を尽くせ」とした。

 華族制度で、徳川慶喜は一番上の公爵になった。革命勢力の中心だった島津家と毛利家も公爵である。島津と毛利だけでなく、徳川も公爵にしたあたりに日本精神がうかがえる。中国でも韓国でも、それは絶対にあり得ないことだ。

 通常、政権が交代したら「前の政権は滅びた」ということを見せなければいけない。そうすれば新しい政権の正当性が発生する。それが中国や韓国の考え方だ。だから日本に対して、「A級戦犯を祭ってはいけない」と言うのだ。でも日本では、前の政権への非難は水に流してしまって、「もういいじゃないか」とか、「大目に見てやろう」とか言って許してしまうのだ。

 
 

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