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現実主義に目覚めよ、日本!

対等な相手に「コンプライアンス」とは言わない

 日本は前述したような3段階で自信を回復し、やがて世界をリードする国になるであろう。日本には、まだ発揮できていない底力があって、今までは金儲けくらいだが、これからは世界を仕切るようになる。思想で世界をリードする日本が登場してくる。

 そんな話は聞いたことがないはずだ。それは、ほとんどの学者が欧米かぶれしているからだ。欧米かぶれしていない学者は、明治時代の古本を読めばいい。そんなことはいっぱい書いてある。一刀両断で「それはダメ」というのが戦後の教育、特にアメリカの教育だった。日本人はもともと謙虚が好きだから、自分で自分を褒める議論はたちまちなくなってしまった。

 最近、やたら変な英語を使う人が多くて困る。例えば「コンプライアンス」という英語をみんなが使うけれど、辞書を引いた人が何人いるだろう。辞書では「コンプライアンス」は「法令順守」と訳されている。でも今、日本で使われている「コンプライアンス」という言葉は、本当にそういう意味だろうか。

 「コンプライアンス」には、「従順」という訳語がある。周りからの声に対して従順なこと。その次に「卑屈」と書いてある。そこまでの意味があるのだ。だから、アメリカ人同士で「コンプライアンス」なんて言葉は普通は使わない。対等な相手には言わない。言うときは、エンロンのような出来の悪い会社に向かって言うのだ。つまり、目の前の人や友達には使わない、大変失礼な言葉なのではないかと思う。

 さらに辞書を読むと、物理学用語として、「外部からの圧力で内部に歪みが出来ること」とある。「歪み」を示す言葉なのだ。会社で社長が「コンプライアンスだ、法令順守だ、みんなやれ」といったら、会社の中に歪みが出来てしまうわけだ。外ばかり気にして、会社自体の方向性がどこかへ行ってしまう。

 そうすると部下たちも「役所の検査を通りました、これでいいんです」となってしまうのだ。だから「コンプライアンス」などという言葉は、賢明な人は使ってはいけないと思う。

 主体性がなくなる。独自性がなくなる。自信がなくなる。周りに流されるようになる。これらはアメリカでは一番恥ずかしいことなのだが、日本ではそうでもなくて、「従順で謙虚なのがよい」という思想がある。

 その「思想」の面だが、アメリカは日本に対して「コンプライアンス」というのだろう。これは「日本は生意気だ」という意味なのだ。「アメリカの言うことを聞け」というのを上品に言っているだけなのだ。

 もし僕に向かって「コンプライアンス」といったら、僕は「ふざけるな、どう言い返してやろうか」と考えるけれど、たいていの人は「お、コンプライアンスという英語をおれは知ってるぞ。おれはちゃんと勉強したからな。日本へ帰ったら使ってやろう」となってしまう。ここ10年、そういう現象が日本中を吹き荒れていた。だがそれも、そろそろ終わりだろう。

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