第17回
「意」のある本格的な政策を国民は求めている
東京財団前会長 日下 公人氏
2006年2月9日
誰も本格的な政策研究をしていない
質問に答える小泉首相
報道各社の質問に答える小泉純一郎首相(東京・首相官邸)
(写真提供:時事通信社。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うことは禁じられています)
2006年は本格的な政策研究の年になると僕は思う。「もっとちゃんとした政策を見せてくれ」と、日本中がそういっている。「ちゃんとした政策」というのは簡単なことで、小泉首相の改革は“ぶっ壊す”わけだから、そのあとどうなるかということを言えばいい。小泉首相は「とりあえずぶっ壊すことでおれはもう辞めちゃうよ」と言っている。それはなかなか偉いことなのだ。でも次の人にとっては、やりたいような、やりたくないようなという微妙な状況だろう。現時点で見ても「おれがやる」という人はいない。国民のほうがそれに対してイライラしている。
では今、本格的な政策研究は誰がやっているんだろう。実は誰もやっていない。昔は、そういうことは国家公務員がやってくれたのだが、今は国家を考える公務員がいない。かつては内務省というのがあったが、マッカーサーがつぶしてしまったのだ。「国家を考える日本は都合が悪い」と、内務省はつぶされてしまった。
それから、大蔵省もマッカーサーの圧力を受けていた。大蔵省はすべて金勘定で応対していたわけで、国家の根本はあまり考えていなかった。最初は考えていたのだが、「それは自民党が考える仕事であって大蔵省の仕事ではない」と自民党が言って、そのとおりにした。大蔵省は悪くないのだが、これでレベルが下がってしまった。そしてとうとう、つぶれてしまった。
だから「小泉改革の成果は何があったのでしょうか」と聞かれたとき、僕は「ああ、大蔵省つぶしでしょうね」と答える。ここで重要なのは、大蔵省がつぶれてなくなったあと、それぞれの国家公務員が立ち上がったかどうかなのだが、これが全然バラバラで自分たちのことばかりだった。こんなわけで、今の日本には政策研究を国家意識を持ってやっているところがどこにもない。
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