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現実主義に目覚めよ、日本!

第5回
統計に表れない小さな変化が日本を変えていく

東京財団前会長 日下 公人氏
2005年11月14日

日本に「変化のマグマ」がたまりつつある

 サマワに行っている自衛隊の人たちに「本当にご苦労さま」と言えば、「自分たちは任務を果たしているだけです。同情は無用です」という答えが返ってくると思う。しかし、気の毒だと思うのは、彼らの上官たちが何の準備もなしに彼らをただ送り出したからだ。それは太平洋戦争のときと同じ。日本の上の人たちは、部下を便利に使って、手柄は自分のものにし、損害が出たら部下のせいにする。そうした構造が太平洋戦争時とまったく同じだから、気の毒なのだ。

イラク派遣・テレビ電話で記者会見する立花1佐
イラク南部サマワの陸上自衛隊宿営地からテレビ電話を通じて記者会見する第8次復興支援群長の立花尊顕1等陸佐(防衛庁陸上幕僚監部広報室)
(写真提供:時事通信社。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うことは禁じられています)

 でも、報道の論調が少しずつ変わったおかげか、サマワから自衛隊員たちが帰ってきたときは、地元の政治家が迎えに行った。派遣されるときにはほとんど注目されなかったんだから、わずか数ヶ月間でもそれだけの変化があった。

 そう考えると、靖国神社の問題でも何でも、だんだんと変化へのマグマがたまり、そしてある日、一挙に変わるのだろうと思う。例えば、「ヨン様ブーム」を見ても、ヨン様のような「やさ男」がウケるのかなと思っていたら、ファンの女性に聞くとそうではないらしい。彼はけっしてやさ男ではなく、徴兵で軍隊に行ってきたから上着を脱げば筋肉がムキムキだという。日本の女性はそれを見て「日本の男は頼りない、韓国の男のほうがよい」と思ったという。私が考えるのとは逆の理由を聞かされて、あっと驚いた。

 これから日本国憲法改正などいろいろなことが始まる中で、「日本でも徴兵をやるべきだ」「徴兵とまではいかずとも半年ぐらいは男を集めて鍛えたらどうなんだ」という意見が出てくる。徴兵なんて、いま言えば笑い話で済まされてしまうかもしれないが、一つの変化ではある。

 このような、何でもない兆しでも、たくさん集まるとある日これが連鎖反応を起こす。日本人はなるべく穏やかに物事を進めたい民族だから、基本的には騒がない。でも、変化の兆しがたまりたまって、ある日、ワッと出てくる。少しずつたまっているところを見ていない人は、そういうときに「意外な成り行き」という。マスコミはそう書けば済むかもしれないけど、そんなはずはない。もっと前から、きちんとマグマはたまっているのだ。しかし、統計として出てくるまではそれを見ようとしないのが学者と役所だ。そして学者と役所の発表に頼るマスコミも同じ。

 統計に出ないことを見なければ、未来は見えてこない。私たちは、身の回りの小さな変化を見逃さず、じっくり見ていく必要がある。

自衛隊の医者が100人も辞める理由とは

 自衛隊の医者が、去年1年間で100人辞めてしまったらしい。彼らは昔でいえば軍医にあたる。それが100人も辞めてしまったら、インド洋にしろ、ティモール島にしろ、あるいは新潟の地震の災害派遣にしろ、自衛隊の活動から医療分野がなくなってしまう。「土木作業しかしません」ということになる。現地に対してだけでなく、自衛隊員のための医者も不足する。

九州集中豪雨・作業する自衛隊員
土砂崩れ現場で作業する自衛隊員ら(熊本・水俣市宝川内)
(写真提供:時事通信社。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うことは禁じられています)

 自衛隊は医者をきちんと待遇していない。例えば、自衛隊員が国内の災害で出動したとき、同行した医者は、現地で文字通り不眠不休になってしまう。目の前に患者がたくさんいるのだから、土木作業などよりも、もっと切実なのだ。そういう苦労をしているのにきちんと待遇されなければ、医者たちは報われない。だから、辞めたくなっても仕方がない。

 これは自衛隊を便利に使った報いだ。それで、自衛隊法を改正しようという話になってきた。自衛隊の主任務は「日本国家の防衛にある」というが、法律を読んでいくと、一番最後に「災害出動もする」と書いてある。これでは、災害出動に関する準備を誰もしないのは当たり前だ。一番最後に書いてあるということは、確実に出世街道ではないのだから。

 そんな理由で、間に合わせ的に出動するのに、現地では死ぬような思いをするという状態はよくない。だから自衛隊法を改正しようという議論になっている。これは一歩前進だ。けれども、法律だけを変えればいいというものではない。それ以上の議論がもっと必要になってくるはずだ。災害出動する場合には、医者は大砲や飛行機よりも大切な存在となってくるかもしれない。それなら、それに足るだけの待遇を考えないといけない。

 自衛隊に入って医者になると、だんだん階級が上がっていく。一番上は、昔でいえば少将になるのだが、それは1人だけしかなれないから、出世への道がすごく狭い。そんなことでいいのか、というところまで検討してもらいたい。まだそこまでいう人はいないのが現状だ。

 自衛隊の医者の中にはそうした不満がたまっていて、それで「辞めてしまえ」となっている。1年間で100人も辞めていることを、報道した新聞やテレビがあるだろうか。全体でも約500人と少ないのに、そこから100人も辞めて、それでもサマワ、インド洋など、そこらじゅうに出しているから、自衛隊中央病院は空っぽになってしまっている。

 
 

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