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現実主義に目覚めよ、日本!

第1回
国家にとっての「死活問題」とは何か

東京財団前会長 日下 公人氏
2005年10月13日

「領土は100年後に取り返せばいい」と中国人は考える

 太平洋戦争で東京中が焼け野原になった。しかし今、これだけ復興した。「死活」という意味では、あのとき日本は「死んだ」といえる。それに比べれば、最近の北朝鮮のテポドンなど「死活問題」にはなり得ない。10発飛んできても、2、3発当たるかどうかなのだから、これは当たったら運が悪かったという程度の問題といっていいと思う。

北朝鮮ミサイル「テポドン」
咸鏡北道舞水端里発射場から打ち上げられる新型弾道ミサイル「テポドン」。北朝鮮は人工衛星打ち上げと発表(北朝鮮)
(写真提供:時事通信社。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うことは禁じられています)

 「日本は死んだ」とみんなが思ったけれども、ちゃんと復活した。私のような戦中戦後世代は、それを見てきている。その目から見て、日本にとって重要だったのは「領土」なのか、「主権」なのか、それとも何だったのか。

 中国人は、領土は別に取られたっていい、また取り返せばいいという考え方をする。北方をロシア人に取られても、100年後にはいずれ取り返す。シベリアが全てロシアのものになっても、やがて中国人が住み始めて、結局取り返す。軍事力を使わなくても取り返せるのだ。

 日露戦争のとき、ロシアが南下して満州を取るから、日本は命がけでこれを防ぐことになった。そして、中国、当時の清に「一緒に戦おう」といったら、「いいえ、けっこうです」と断られた。「ロシアは北京まで出てくるぞ」と忠告しても、「けっこうです」という。「北京が取られても、もっと奥へ行けばいい」というわけだ。やがて、100年もすれば、またぽつぽつと中国人が入り込んで、結果、元に戻る。100年のスパンで見れば、土地はなくならない。

 でも日本は、領土は絶対に敵に譲らなかった。これは農家の発想だろう。太平洋戦争は、そういう戦い方をして負けた。多少の領土は譲ればよかったのに、と私は思う。

アメリカの51番目の州になったら、戦争も「嫌だ」とはいえない

 では主権はどうか。「日本はアメリカの51番目の州になればいいんだ」と考える人がいる。そういう人には、もし仮にそうなったときの姿を、責任をもって考えてほしい。

 アメリカ側が完全平等に待遇してくれたとすれば、下院議員の数は人口比でもらえることになる。そうすると、下院議員の3分の1は日本人になってしまう。上院議員は各州ごとに2人しか出せないから、「日本州」の代表も2人となる。今、アメリカの上院議員は100人いるが、それが102人になって、そのうちの2人が日本人ということだ。

 そうなると、日本人以外の上院議員100人が「戦争をする」と決めたら、日本州だけ「迷惑だからやめる」といえなくなってしまう。2票しかないんだから反対しようがない。「仮にアメリカは中国に戦いを挑む」と上院が決めれば、実際に行われるだろう。その戦争の先頭になって攻め込むのは、一番近い日本州と決まるに違いない。大統領命令で「先頭になってがんばれ」といわれたら、日本州はどうするのだろうか。

 そう考えると、国の主権というのは、なかなか重要な問題といえる。日本があの焼け野原からなぜ復興できたかというと、やはり国体が護持されたということは大きかったはずだ。天皇制が残り、そこから出発して日本精神、家族主義、あるいは教育などといったのものが受け継がれていった。ずいぶん形は変わったけど、それらの「種」は残っていたから、日本はまた復活できたのだ。

 家族主義を基盤とした日本精神と子供の教育。それが残っていたから、復興できた。都市が焼け野原になっても、工場が半分つぶれても、精神さえあれば復興するのだ。日本精神と子供の教育を守ることは、やはり日本という国にとっての死活問題だったと私は思う。だから、守るべきものは常に、日本精神と日本の教育、日本語だということだ。

 
 

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