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構造改革をどう生きるか

メガバンクを追いつめるための金融政策

 そもそも、三菱東京とUFJの合併話以前から動きが怪しかった。その経緯をちょっと振り返ってみよう。

 2003年4月に日経平均はバブル後、最安値の7607円をつけた。当時、日銀はものすごい勢いでマネタリーベース(日本銀行が金融市場で銀行などの金融機関に供給するおカネの残高)を絞っており、前年比伸び率で36%あったマネタリーベースを2003年4月には11.5%まで絞った。この伸び率と株価の底が一致している。

 これは株価を下げるためにわざと金融を締め付けたのだろう。というのも、おそらく金融庁は、みずほグループを国有化するつもりだったのではないか。実際、株価が額面割れ寸前になって、みずほは国有化に追いつめられた。だが、そこから反撃が始まり、みずほは1兆円もの資金をかき集めてきて、増資することに成功した。これで国有化はできなかったが、その過程で不良債権処理がかなり進むという効果はもたらした。

 2003年9月には自民党総裁選が行われたが、下馬評では小泉さんは不利だった。抵抗勢力が舛添要一さんを対抗馬として擁立し、一本化する動きを見せていたからだ。もし、株価がそのまま下がっていたら、反対派が一枚岩になって小泉さんは負けていたかもしれない。

 そこで、金融政策を切り替え、為替市場でドル買い、円売りを始めたのだ。円を売ると、普通は日銀が円資金を回収する「不胎化」を行うが、そのときは放置した。そのため、円が外資に渡り、それが日本の株式市場に環流して、劇的に株価が上がったのである。これが2003年4月以降の株価急回復の要因だ。

 その後、日銀はマネタリーベースをゆるめ、2003年4月の前年比伸び率11.5%を5月には16.7%、6月には20.3%に拡大した。2ヶ月間でほぼ倍にしたわけだ。

 だが、そのまま拡大しては株価が上昇しすぎて、銀行の不良債権処理を進められなくなる。とはいえ総裁選もあるので絞ることもできない。そこで、20%台で5ヶ月間、横ばいにした。

 狙い通り、小泉さんが勝つと、再びマネタリーベースを絞り始めたが、今度は株価が落ちなかった。その原因は急増した個人投資家が買い支えたためではないかと思う。つまり、株式ブームは2003年の後半から起きていた。

 株価が落ちないので、金融庁は仕方なく直接行動に出た。それが、UFJの特別検査だったのである。

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