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構造改革をどう生きるか

派遣労働法を巡る環境は大きく変化した

 もう一つの問題点は、派遣対象業務にまったく触れていないということだ。規制強化するのであれば緩和しすぎた派遣対象業務もまた元に戻すべきだとわたしは考える。

 その理由を述べる前にちょっと前置きをしておきたい。1986年に施行された労働者派遣法という法律は、わたしとは少なからぬ縁がある。実は法律制定当時、わたしは経済企画庁に出向しており、総合計画局の労働班というところにいた。まさに、派遣法をつくるときに仕事をしていたわけで、わたしにも責任の一端がある。その言い訳をするわけではないが、1986年当時の派遣労働の状況は現在とはまったく違っていたのである。

 当時は、口入れ屋というものが幅を利かせていて、労働者を集めて大量に現場に送り込み、高率のピンハネをするということが常態化していた。しかも、そこに暴力団がからんでいることが多かったのだ。そうした実例があったので、派遣労働というものは搾取の温床になるということで、労働基準法で禁止されていたのである。

 だが、時代は変わりつつあった。わたしがいたときの議論は次のようなものであった。「世の中は変化してきたので、搾取される心配のない職種、例えば、通訳やシステム開発など、高い技術を持った人については派遣を認めてもいいのではないか」 ―― 。国際会議があったときには通訳が必要になるが、企業が通訳を正社員として雇用しておくのは大変なコストがかかってしまう。そこで、そうした高い技術を持ち、いわば腕一本で生きていける人に限定して派遣を認めましょうというのが、労働者派遣法のおおもとの考え方だった。

 そうした理念のもと、専門性が高い13業務に限定して派遣労働を解禁したわけである。業務の数は直後に16業務となった。

 問題は、その業務の数がずるずると拡大されたことである。

 1996年には26業務に拡大、1999年にはさらに大きな転換があった。それまでのポジティブリスト(認められる業務を列挙する方式)から、ネガティブリスト(禁止する業務を列挙する方式)に変わったのである。

 その結果、港湾運送、建設、警備、医療、製造を除いて、原則どの業務でも派遣労働が自由になった。ここで禁止された五つの業務は、一般の人ができる業務である。これを解禁しては搾取の温床になるということで禁止したわけだ。百歩譲って、許されるのはここまでであったといえよう。

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