第二は、マネーで雇った兵士の活用だ。
信長の時代までは、戦があれば農民が一般の兵士として徴集されて参加していた。普段は農業に従事している人たちであるために、農繁期には戦うことができなかったのである。
信長はそこでもマネーの力を最大限に利用した。兵士を金で雇うことによって、彼らを農地から切り離し、一年中24時間体勢で戦える軍隊を作ったのだ。戦うことを専門にするのだから、それは戦になったら強いはずである。
このことは、経済弱肉強食主義を信奉する、いわゆる構造改革派が、権利の守られた正社員をどんどん減らしていき、派遣労働者などの時間給の社員を増やしていったのと重なって見えてくる。
よくも悪くも、ありとあらゆるものを金で済ますのが信長のやり方であった。それは、構造改革派と通じるところがある。
旧経世会の支配の柱となったのは金ではなかった。長いつきあい、べたべたの人間関係もまた、金以上に重要な要素となっていたのである。そのために、きわめて不透明な形で癒着と腐敗をしていたのは事実だ。
構造改革派のやってきたことは、それまで日本が構造的に持ってきた癒着体質を断ち切ったことである。
それはいい。だが、それが行き過ぎたため、人間関係を中心としたあいまいなやさしさをも、すべて否定してしまったのだ。困った人がいたら手をさしのべるという発想は消え、すべてを金で割り切るのが彼らの発想である。極論すれば、「弱いヤツは生きる価値がない」というのが構造改革派の思想なのだ。
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