第5回
道路やクルマ事情の変化から考える、理想の速度規制とは?
モータージャーナリスト 岡崎 五朗氏
2005年9月9日
速度違反による検挙の妥当性を考える
よく晴れた、とある休日。家族を誘って久しぶりにドライブへと繰り出す。車内での会話を楽しみながらクルマを走らせていると、前方に「止まれ」の旗をもった人影が。しまった! と思ったときはもう後の祭り。速度違反で御用である。
日常的に運転していれば、誰もが一度や二度はこうしたシーンに遭遇したことがあるのではないだろうか。もちろん、なかには遵法精神豊かな人もいるだろう。が、速度違反の検挙数が年間265万件、運転免許保有者数が7700万人であることを考えると、長年運転していればかなりの確率で、速度違反による検挙の“順番”が回ってくると考えるのが妥当である。
参考:『平成16年中の交通警察活動の概況』警察庁交通局
いうまでもなく、速度違反は違法行為である。それを批判せず、"順番"などと書くなんてとんでもない奴だ! とお叱りを受けるかもしれない。確かに法律はなくてはならないものであり、それなくして社会の秩序は保たれない。ものを盗んだら罰せられる、人を傷つけたら罰せられる、人を騙してお金を巻き上げたら罰せられる……といったことを定めた法律に対し「いや、それはちょっと違うんじゃないか?」「納得できない」と思う人はいないだろう。100%の人が「当然だ」と考えているはずである。
ではなぜ、速度違反に対して異なるスタンスを取っているのか。私は法律に関してはずぶの素人だが、法律とは「必要性を感じ」「破ったら相応のペナルティを受けるのは当然だ」と、誰もが納得できる妥当性を有していることが基本であると考えている。たとえば道端にゴミを投げ捨てたら懲役15年、という法律ができたとしたら誰も納得しないだろう。せいぜい罰金程度で済ますべきだと考えるのが普通の感覚である。逆に、誘拐や強盗、殺人といった重罪を犯した人物が早々に刑務所から出てきてしまうのも納得できない。
そういった観点で道路交通法を考えてみる。とくに暴走しているわけでもなく、ごく普通に走っていても捕まるのが現在の交通取り締まりの実態だ。なぜなら、制限速度と交通の流れには明らかな乖離(かいり)があるからだ。一般的に、幹線道路や高速道路では制限速度プラス10km/h~20km/hで流れている。とくに郊外の片側一車線道路などでは、制限速度を守って走っていたら後方に長蛇の列ができるのがオチ。パッシングライトを浴びたり、異常接近されたり、最悪の場合はしびれを切らしたドライバーが追い越し禁止区間であるにも関わらず強引に追い越しを試みるケースもある。必要以上に低い制限速度が無用な危険を生みだしている好例である。要は制限速度違反イコール悪と決めつける前に、その考えのもととなる制限速度が、現状に照らしてみて妥当なものであるかどうかを考えるべきだということだ。
そもそも60km/hという法定最高速度(速度標識のない一般道路の制限速度)の妥当性に私は大いに疑問をもっている。定められたのは戦後間もない1947年のこと。当時の道路で舗装されていたのはごく一部で、基本は未舗装。信号機や歩道、横断歩道の整備もゼロに近かった。日本の大動脈である国道1号線でさえ、1950年代まではほとんどが砂利道だったといえば、当時の道路事情がいかに劣悪だったかが理解できるだろう。もちろん、自動車の性能も現在とは比べものにならないほど低かった。1947年といえば本田宗一郎が自転車用補助エンジンをヒットさせた年であり、クルマはまだまだ庶民にとって高嶺の花以上の存在だった。なにしろ純国産車の先駆けである『スズライト』(スズキ)や『トヨペットクラウン』(トヨタ自動車)が登場する8年も前のことなのである。
『スズライト』
エンジン型式:空冷・2サイクル・2気筒 総排気量:359cc
『トヨペットクラウンRS』
エンジン型式:水冷式直列4気筒OHV 総排気量:1453cc
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