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子どもを犯罪から守る!

第1回
原因の追求よりも、犯罪機会を減らす努力を

犯罪社会学者 小宮 信夫氏
2005年7月11日

 この6月10日、山口県光市の県立高校で授業中の教室に、隣のクラスの男子生徒が爆発物を投げ込んだ事件があった。同日、埼玉県宮代町の町立中学校では、男子生徒が廊下で催涙スプレーを噴射した。このような学校における爆弾事件や催涙スプレー事件は、英米では6~7年前から社会問題になり、対策が進められてきた。奇しくも、同じ日に起こったこの二つの事件は、日本の治安状況が、残念ながら、英米のレベルに近づいていることを物語っているようだ。

“治安悪化”が社会の大きな関心分野に

 体感治安の悪化も進んでいる。内閣府が2005年4月に発表した「社会意識に関する世論調査(平成17年2月)」によると、現在の日本について「悪い方向に向かっている」分野として「治安」を挙げた人が47.9%と最も多く、次いで「国の財政」39.1%、「景気」38.5%、「雇用・労働条件」35.4%であった。設問開始以来、「治安」が初めて「景気」を上回ったのである。

 もっとも、このような動向に対して、「治安は悪化していない」と反論する識者もいる。しかし、実際どうなのかは分からないというのが正解だろう。「治安は悪化している」という見方も、「治安は悪化していない」という見方も、いずれも警察統計を基準にしているからである。

 警察統計は、警察が処理した(処理できた)件数である。犯罪が発生しても、届け出なければ警察統計には載らない。届け出ない理由にも色々あり、そもそも発生したことに気がつかない場合から、忙しかったり、警察に頼らなかったり、あるいは報復を恐れたりして放置している場合まである。そのため、欧米では政府が定期的に一般大衆を対象にした犯罪被害の実態調査を行い、統計に記載されない犯罪の数(暗数)を把握しようと努力している。日本では、そのような定期的な被害調査は行われていないので、もっと大雑把に、10年単位で傾向を見るしかないであろう。

 そのような前提で統計を見ると、1960年から1990年までの間に、英国では犯罪が511%増加し、米国では328%増加したが、この間、日本では19%しか増加しなかった。その結果、日本の安全神話が生まれたのである。

 しかし、1991年から2001年までの推移を見ると、英国では犯罪が11%減少し、米国では20%減少したが、この間、日本では60%増加した。この数字を信頼すれば、日本の治安は悪化していることになる。

 より興味深いのは、英米で犯罪が減少していることである。それまで激増していた犯罪がなぜ減少したのか。英米ではいったい何を行ったのか。それを探すことの方が、治安が悪化しているかどうかを議論することよりも、よほど生産的ではないだろうか。

80年代に大きく変化した英米の犯罪対策

 英米の犯罪対策はなぜ成功したのか? その答えを探っていくと、犯罪対策のパラダイム・シフト(発想の転換)が見えてくる。それは「“犯罪原因論”から“犯罪機会論”へ」という転換である。

 “犯罪原因論”とは、犯罪者が犯行に及んだ原因を究明し、それを除去することによって犯罪を防止しようという考え方である。この立場は、犯罪者は非犯罪者とはかなり違っており、その差異のために、ある人は罪を犯すが他の人は犯さないということを前提としている。そして、犯罪者と非犯罪者との差異としては、人格や境遇が考えられている。

 例えば、前述した高校爆弾事件でも、犯罪原因として「無遅刻、無欠席、まじめで物静かな」人格や、「いじめられている」境遇が報道されている。しかし、そのような人格や境遇は、どこにでもあるものであり、実際は、まじめな生徒のほとんどすべては犯罪を犯さないし、いじめられている生徒のほとんどすべては犯罪を犯さない。

 結局、一見、分かりやすい、人格や境遇を原因とする説明も、実際は何も説明できていないのである。英米では、1980年代に、犯罪の原因を究明することは困難であり、仮に原因を解明できても、それを除去することは一層困難であることが認識されるようになり、“犯罪原因論”は大きく後退していった。

 英米で“犯罪原因論”に代わって台頭したのが“犯罪機会論”である。それは、犯罪の機会を与えないことによって、犯罪を未然に防止しようとする考え方である。言い換えれば、“犯罪機会論”は被害者の視点から、すきを見せなければ犯罪者は犯行を思いとどまると考える立場である。

 この立場では、犯罪者と非犯罪者との差異はほとんどなく、犯罪性が低い者でも犯罪機会があれば犯罪を実行し、犯罪性が高い者でも犯罪機会がなければ犯罪を実行しないと考えられている。この考え方に基づいて、欧米諸国の犯罪対策は、物的環境の設計や人的環境の改善を通して、犯行に都合の悪い状況を作り出すことが主流になった。

 今、日本の犯罪対策に求められているのも、「“犯罪原因論”から“犯罪機会論”へ」という発想の転換である。もちろん、“犯罪原因論”に基づく犯罪対策のすべてが無効であるというわけではない。犯罪対策にとって、原因論と機会論は車の両輪である。しかし、日本の犯罪対策は、“犯罪原因論”の視点から語られることがあまりにも多すぎる。

 
 

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