バックナンバー一覧▼

食にまつわる消費者ニーズの落とし穴

第2回
中国の野菜は危ないか

日本SEQ推進機構代表 徳江 倫明氏
2005年7月26日

外国人有識者の発言で考える日本の野菜

 6月21日、「銀座食学塾」(主催:有限会社アグリクリエイト)というグループが主催したパネルディスカッションにパネラーとして参加した。テーマは『日本の食を支える世界の食材』ということであった。

 元ニューズウィーク誌(日本版)の編集長であり、現在フリージャーナリストの藤田正美さんの軽妙な司会で始まった。間もなくするともう一人のパネラー、カレーで有名な『銀座ナイルレストラン』のオーナー、G・Mナイル氏の発言が気になった。

 藤田さんが問題提起で2001年に始まった中国野菜の残留農薬問題を取り上げ、あのころ中国から輸入された冷凍枝豆やほうれん草などの残留農薬データがメディアで示されたが、あれは本当なのかという質問を私に投げてきたのだ。つまり中国野菜は危ないかという質問である。

 私は「そのデータは本当でしょう」(図1)と答え、次に私なりの考えを話そうとしたときに、G・Mナイル氏がすかさず手を上げ少し興奮気味にこう言ったのである。「中国野菜だから危ない、国産野菜だから大丈夫というのは神話でしかない。日本の野菜だって……、日本の消費者は……」と。

■図1:作物別合計検体数・農薬検出件数・基準値超過件数
(2002年2月~8月 財団法人雑賀技術研究所調べ)

■図2:銀座食学塾でのパネルディスカッション

 彼の家は千葉の田舎にあるらしい。しかも家庭菜園のレベルを超えた「農業」もしている。いわば「田舎暮らし」の最先端をいっているのだ。そんな経験から日本農業もけっこう危ないという裏話を展開したのだが。

 一見すればインドの人という風貌、しかし彼は“日本人”なのである。おそらく参加者を含めもっとも日本に詳しく、“日本の心”というやつを意識し、日本を愛する人ということがその後の発言でよく感じられることができたし、自分でも「日本を愛しているからこそ言うのだ。今の日本はおかしい」と、何度も言っていたのである(図2)。

 実は私が続けて説明したかったのは、中国の野菜だけが危ないのではないという、まさにそのことだったのである。

 私は食の安全や環境問題への関心から農業というものにかかわり始めて30年がたった。当時大学を卒業して、もっともクリエイティブな仕事は何か必死に考え、たどり着いた結論が「農業」だったのである。

 26歳から3年間は山梨県韮崎の山の上で豚の放し飼いに挑戦していた。野菜も作ったし、鶏も飼っていた。うまい肉と野菜と卵、今でも忘れられない贅沢な味である。それ以降はいわゆる有機農業、安全な農産物と環境を守る農業を広げようと消費者を巻き込んだ新しい流通の形を作ることにチャレンジしてきた。しょせん売れなければ農業だって続かないのだ。半分は社会運動のようなものであるが、それで食えなければ意味がない。つまり経済が成り立たなければ説得力もないし、広がりもしないということなのだ。

日本の農業を“支えてきた”化学肥料と農薬

 当時は高度経済成長時代のど真ん中、農業も規模拡大、効率化を目指し、都市と農村の所得格差をなくすことが農業政策の最重要課題だったわけである。その結果はまず化学肥料の普及である。

 堆肥を作って畑にまく。大変な時間が掛かり手間と労力が掛かる。その点、化学肥料はきわめて効率的だ。窒素、燐酸、カリが作物別にバランスよく配合されていて均一にまけるということだ。

 化学肥料を使うと野菜は見かけ上、きれいに育つ。しかし化学肥料だけでは、そのうち「地力」というものが衰える。野菜が健康に育つには、土も“健康”でなくてはならない。植物が健康に育つためにはミネラルも必要だし、それ以上に土中の微生物の働きも重要なのだ。化学肥料だけではミネラルの補給もできない。土中の微生物は生きるために有機物を餌にし、結果、人知の及ばないメカニズムを持って植物に必要な栄養や酵素を生み出すのだが、化学肥料だけではその微生物の餌もなくなり、特に微生物は過去大量に使用された塩素系農薬などに弱く、微生物が生きられる土ではなくなるというわけだ。

 そんなわけで窒素、燐酸、カリだけの化学肥料では作物も抵抗力がなくなり、病気や虫に弱くなる。すると農薬の登場だ。そして病気になってから農薬をまくことから、病気を予測して先にまく、という展開になる。これもセキュリティと言えば言えなくもないのだが、次第に虫も農薬に対する抵抗力が付き、さらに毒性の強い農薬が開発された上、大量に使うようになる。つまり、安全を確保するためのセキュリティとは違うのだ。

 農業における本来のセキュリティはあくまで「土作り」、「健康な作物は健康な土から育つ」というごく当たり前の原則である。人間だってそうだ。健康なときには、そう病気になることはない。カゼをひくときはやはり体調が悪く、疲労したときにかかりやすい。弱り目にたたり目というやつである。

 消費者がきれいな野菜を望むから農薬を使うという論がある。つまり農薬を使うのは消費者ニーズがあるからと飛躍してしまう。あるいは消費者ニーズにすべての責任が転嫁されていくという現象が起こる。

 しかし一方で、虫が食べている野菜はおいしいという消費者もいるが、本当だろうか。それは、虫だってきっとおいしい野菜から食べるに違いないという前提に立っているからだろうが、実は虫は窒素過剰の野菜に付きやすい。窒素過剰の野菜は成長が早くひょろひょろに育った野菜と思えばよく、葉物などは緑が濃くなり一見おいしそうに見える。窒素過剰ということは、硝酸態窒素が多いということになる。硝酸態窒素は過剰になると身体にいいことはない。硝酸態窒素と糖尿病の関係を疫学的に展開した論者もいる。欧州では既に規制値が設定されており、日本もやがてそうなるはずである。

 いずれにしても、窒素過剰の野菜に虫は付きやすく病気にもなりやすい。だから農薬の使用も増えることになる。昔の農薬は接触剤といって虫に直接農薬をかけることではじめて虫が死ぬというタイプだったのであるが、すぐに流れてしまうので、虫が出ればしょっちゅう農薬をまかざるを得ず、作業的にも大変だった。そこで最近では根から農薬を吸収させ、どこを食べても虫が死ぬ、というタイプもある。つまり虫食いのあとが残る前に虫が死ぬということでもある。こういう話を書き出すと際限がなくなる。危ないことは山ほどある。

 中国は今、急激な経済成長の中で、こういう状況を短期間に経験しているのだ。そして日本の状況もさして変わっているわけではない。

SAFETY JAPAN メール

日経BP社の書籍購入や雑誌の定期購読は、便利な日経BP書店で。オンラインで24時間承っています。