読売新聞が広げた国内の動揺
発端は読売新聞2006年1月19日付朝刊に載った記事だった。上海発の特派員電だった。「南京事件 ハリウッド映画に」「M・ストリープ出演 満70年の来年公開」という見出しがついていた。内容は次のようだった。
「〔上海=加藤隆則〕旧日本軍による1937年の南京事件を題材にしたハリウッド映画の制作が決まり、来年12月の事件70年に合わせ、世界で同時公開されることが明らかになった。18日付の上海紙『文匯報』が報じた。
同紙や制作協力する江蘇省文化産業グループによると、映画のタイトルは『南京・クリスマス・1937』で、当時、南京にいた米国人宣教師の目を通して、旧日本軍が行った殺害行為を描くストーリー。クリント・イーストウッドが監督を務め、同氏と『マディソン郡の橋』で共演したメリル・ストリープの出演が予定されている」
以上のような短い記事だったが、読売新聞はこの上海の新聞報道を完全に既定の事実として扱っていた。
本当ならたいへんな話である。なにしろクリント・イーストウッドとメリル・ストリープといえば、日本では絶大な人気を集めるハリウッド・スターだ。いや全世界でも超人気の二人だろう。その二人のアメリカ映画大スターが中国側と組んで、南京事件を映画化するとなれば、結果はかなりの程度、予想がつく。「日本軍が中国人の民間の老若男女を30万人以上、無残に殺しまくった。しかも戦後の日本人はその事実を知らず、反省も謝罪もしていない」という中国共産党の政治主張がぎっしりと盛りこまれた政治プロパガンダ映画ができあがる。内容はドラマティック、知名度が抜群に高いアメリカ人の名女優、名俳優の作品である。そこに描かれる日本人の残虐や冷酷はこれでもか、これでもかと誇張される。全世界の人たちがその内容を歴史上の事実として受けとめ、日本人や日本への反感を高める――
そんな見通しが当然、浮かびあがった。まもなく日本側の識者たちが懸念を述べるようになった。たとえば国際問題評論家の田久保忠衛・杏林大学客員教授は「このハリウッド映画は中国の新聞や企業が後援しているとなると、日本悪者論が世界中に広まる可能性が少なくない」という評論を新聞や雑誌で発表した。ジャーナリストの櫻井よしこ氏も主要雑誌で次のように大々的に書いていた。
「あり得なかったと考えざるをえない“三十万人の虐殺〟が実際にあったこととして描かれるであろうことは容易に想像がつく。虚偽の情報が効果的な映像で迫真のものとなり、知的で美しい名女優が中国の言い分を演ずるのである。この種の作品がどれほど日本のイメージを貶め、深刻な負の影響を及ぼすか想像がつかない」
あっというまにこんな懸念が表明されるようになったのだ。
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