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“外交弱小国”日本の安全保障を考える

最早来るところまで来た国連の腐敗・汚職

国国連、1945年の創設から60周年
2005年10月24日、国連本部で行われた創設60周年の記念式典で献花するアナン事務総長。同総長は「国連は新たな時代を反映し、新たな困難に対処せねばならない」とのメッセージを発表した。原加盟国は51カ国だが、現在の加盟国数は191カ国に拡大している(アメリカ・ニューヨーク)
(写真提供:時事通信。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うことは禁じられています)

 国連は発足以来、60年もが経つうちに、すっかり腐敗した組織ともなってしまった。

 その腐敗の象徴がイラクに関する「石油食糧交換プログラム」である。このプログラムはクウェート侵略で制裁を受けたイラクが石油を売って、その代金で食糧や医薬品を買うことを認められるという趣旨だった。国連が管理して1996年に始まった。

 人道目的のこのプログラムではフセイン政権が国連の許可を得て、7年間に売った石油分約640億ドルのうち140億ドルほどがどこかへ消え去ってしまった。その大部分は国連の同プログラムの責任者で国連事務次長だったベノン・セバン氏に回ったり、ロシアの有力政治家、フランスの元内相、イギリスの現職国会議員、インドの元外相などに賄賂やキックバックの形でひそかに支払われていたことが判明した。近代の世界でも最大規模のスキャンダルだといえよう。

 国連が特別に委託組織した調査委員会は十月末にも、石油食糧交換プログラムに加わって、イラクに売る多様な物資を扱った世界各国の企業のびっくりするほど規模の巨大な汚職を発表した。全世界合計61カ国からこのプラグラムに加わった総計4500社の企業のうち、なんと2400社が当時のフセイン政権に賄賂を払っていた、というのだ。賄賂の総額は18億ドルにものぼったとされた。それら企業のなかにはダイムラー・クライスラー、シーメンス、ボルボなどという超有名企業も名を連ねていた。

 このプログラムはすべて国連に管理され、監視されているはずだった。不正行為はみな国連の担当官により防止されるはずだった。

 ところが国連の担当官たちは不正を止めるどころか、自分たちがその当事者となっていたのである。

 これからの日本は努力の標的を国連のこうした腐敗の体質や構造の改革へと移すべきだろう。安保理に対しても自国が常任理事国に立候補することなく、まずその組織のゆがみや偏向を改正することに熱意を向けるべきである。その過程では従来の国連への「平和の殿堂」式の幻想に近い非現実的な認識を捨てねばならない。

国連幻想のシンボル、国連大学も存続の可否を考えよ

国連大学本部(東京都渋谷区)
(写真提供:時事通信。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うことは禁じられています)

 日本の国連幻想のシンボルは東京の青山にそびえる国連大学だともいえよう。地上十四階の豪華なビルにある国連大学は大学であって、大学でない。一般の意味での大学に不可欠な学生も教授もキャンパスもないからだ。

 1975年の開設に先立ち、国連自体は長年、こうした「大学」の必要性を認めなかった。だが日本がその経費をほぼすべて自発的に拠出するからと強引に申し出て、オープンへと持ち込んだ。その後の運営経費もおおかたは日本負担なのだ。

 当時の日本は官民ともに、国連への礼賛や期待に満ちていた。国連大学もその一貫として強引に日本に誘致したのだった。だがこの「大学」は開発途上国のごく特定な分野の研究をするだけで、日本にとって意味のある実績はなかった。しかも1998年には国連自身の会計監査で国連大学の経費の不正使用が2件、摘発されたのである。

 日本にとっては目前のこうした施設からその意味を再度、考えて、国連全体への再考を試みる時期なのだといえよう。2005年はそんな教訓の年でもあった。

 
 

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