バックナンバー一覧▼

“外交弱小国”日本の安全保障を考える

第6回
ハリケーン被災であらわになった米国の人種問題
~なぜ、特定の人種だけが略奪するのか~

国際問題評論家 古森 義久氏
2005年9月8日

阪神・淡路大震災とあまりに違う米国の光景

 いまの世界で「唯一のスーパーパワー」などと評されてきた強大で富裕な国家のアメリカが一瞬にして世界の最貧国のような惨状をみせるとは、ショッキングだった。ハリケーンに襲われ、大規模な水害が起きて、アメリカ南部の各州が建国以来の歴史でも最悪の被害を受けたのである。おびただしい人命の損失と、巨大なビルや住宅の破壊の跡をみると、その原因となったハリケーンに「カトリーナ」などと女性の名前をつけるアメリカの慣行がいかにも無神経で不自然にも思えてくる。

ハリケーン・略奪者に警告する看板
ミシシッピ州パスカグーラの住宅地で、「略奪者には発砲する」と書かれた警告の看板(アメリカ・パスカグーラ)
(写真提供:時事通信。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うこと は禁じられています)

 私は現地からの報道をみつめるうちに、10年前の阪神・淡路大震災をつい思い出した。あの大地震の起きた一九九五年の一月、私はいまと同様、ワシントンに駐在していたが、CNNテレビのインタビューを受け、日本の被災者たちの対応について論評したことがあった。国際ニュースのインタビュー番組で女性キャスターのジュディ・ウッドロフさんから問われたのだ。

 「それにしても日本の人たちはこれほどの被害にあっても、沈着で整然として、静かに復旧作業に取り組んでいますね。いったいなぜこれほど秩序のある態度を保てるのでしょうか」

 こんな質問を受けて、私は一瞬、日本人であることに誇りを感じた。アメリカで同様の天災や人災が起きて、都市などに大きな被害が出た場合、住民の反応は多種多様、無秩序な態度が多いのがふつうであり、ウッドロフさんもそのことを念頭において、日本ではどうしてみんながこれほど協調した対応をとれるのか、真摯な疑問を覚えて、問いつめてきたことがわかったからだ。私は自分なりに日本社会の団結や調和の精神を説明し、ことに地震や台風という天災へのしなやかな対応の伝統を解説した。

 アメリカでは台風や地震が大きな被害を引き起こせば、被災地には必ずや窃盗や略奪という醜い犯罪行為が起きる。ましてその被害が阪神・淡路大震災クラスとなれば、それにともなって起きる「火事場泥棒」的な行為の規模も巨大になるだろう。ところが、わが日本ではそんな反応は絶対にないことを少なくとも10年前の時点では私は明言できたのだった。今回の水害でも、アメリカは日本とはやはり異なるのだと痛感させられるまでに時間はかからなかった。

 しかしハリケーンがもたらした惨禍は目をおおうばかりだった。ブッシュ大統領が「アメリカの歴史上、最悪の自然災害」と評したように、その被害の巨大さはアメリカ合衆国全体の機能を停滞させ、麻痺させてしまった。国全体が自国の南部、メキシコ湾岸のルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ三州などを襲った「カトリーナ」の破壊と、それがもたらした人間の悲劇を、息をのんだように、みつめるのだ。「カトリーナ」が政府と国民の関心を他の案件からすべて奪ってしまったともいえる。

 ブッシュ大統領が内政の最大懸案としてきた年金改革も棚上げである。国家の最終判断を左右する最高裁判所判事の任命も、ややかすんでしまった。対外的な案件でもすでに決まっていた中国の胡錦涛国家主席の訪米が延期されてしまった。国連の改革というアメリカにとっては積年の重要課題も、すっかり後回しにされるようだ。アメリカ国内を揺さぶり続けるイラクでの民主国家づくりの戦いも、国際テロとの闘争も、一時的せよ、吹き飛んだ感じさえあるのである。

 被害の中心地となったのはルイジアナ州最大の都市ニューオーリンズ市である。この都市は南部の古きよき伝統を象徴する情緒ある街だった。ミシシッピ川の河口にあるこの街は300年近く前にフランス人によってつくられ、後にジャズ発祥の地ともなった。私も何度か訪れたことがあるが、市街にはフレンチクォーターという一角があり、由緒ありげな建物が並んで、フランス入植者の時代を思わせる。だが街全体が平均海面よりやや低く、水害には何度となく見舞われてきた。今回のハリケーンによる集中豪雨でもニューオーリンズは都市圏の8割が浸水を受けたのだった。その結果、ビルや住宅が水びたしとなったり、破壊されたりした。市全域がなんらかの被害を受けた形となった。当局の避難命令にもかかわらず、さまざまな理由で市内に残った住民たちの多くは屋内球技場の「スーパードーム」や会議センターに逃げこんだ。

略奪が横行し、被災地は内乱状態に

 このニューオーリンズの悲惨な状況のなかでもとくに衝撃的なのは一部の市民たちによる略奪の光景だった。その様子はテレビでもふんだんに映し出されていた。広大なスーパーマーケットに侵入して、食物や飲料を片はしからカートに投げ込んで、走り去る青年、ドアの破れた薬局から医薬品を山のように盗んでカゴに下げ、水浸しの街路を歩いていく中年女性、テレビやラジオなどの電気製品を肩にかついで逃げていく中年男性、色とりどりの衣類を腕いっぱいに抱え、笑顔をみせ、走っていく少女、なにかの商品を入れた箱を引っ張り、誇らしげに片手を宙に高々と突き出す少年・・・みな他人の財産を奪い、盗んでいるのだった。

 この種の略奪や窃盗はニューオーリンズ市内の無人となった商店や住宅を標的として起きていた。水害のために避難した市民の財産を他の市民が集団的に襲って、手当たりしだいに奪い、盗むという現象だった。これこそ日本での災害の際には決して起きないことを私が10年前の阪神・淡路大震災のときに説明した点だった。

 ニューヨーク・タイムズは9月1日付のニューオーリンズ発の報道でその略奪の模様を次のように伝えていた。

 「ハリケーン・カトリーナに襲われた後のニューオーリンズでは都市の全域で『法の統治』が堤防と同様に崩れ去った。絶望的な市民や機をみるに敏な市民たちが、警察が不十分なのにつけこんで、運べる品物のすべてを持ち去ろうとした。食糧や水はもちろん、靴、テレビ、運動用品、そして銃砲まで車に積みこみ、水に浮かべ、あらゆる方法で持ち去った」

 AP通信はニューオーリンズのレイ・ネーギン市長の言葉を次のように報じていた。

 「略奪者たちは市内でも人口の密集した重要地域へと接近してきた。その地域にはホテルも病院もある。いますぐにこの略奪を止めねばならない」

 市長はそして被災者の救援や破壊された施設の復旧にあてていた警察官のうち約1500人を略奪阻止のための警備へと回す命令を出したという。まさに緊急の措置だった。

 現地からの報道によると、略奪者たちはフォークリフトまで使って、高級商店の入り口をぶち壊して、宝石や家具などを盗んでいた。銃砲店に侵入した一味はライフルやピストルまで持ち出していた。要するに災害にあった市民たちが生存のために、やむにやまれず他人の食糧を入手するという種類の行為ではないのだった。水害で食べ物、飲み物がなくなり、近くの商店から飲食物を生きるために調達するという性格の行動ではないのだ。金目の商品を手当たりしだい、という悪質な略奪であり、窃盗なのである。被害者が水害に遭って避難した人たちであることを考えれば、その留守を狙って、被害者の財産を奪うというのは、きわめて悪質だといえる。しかも街全体でそんな略奪行為が展開されているのだ。日本では考えられない事態だといえよう。

SAFETY JAPAN メール

日経BP社の書籍購入や雑誌の定期購読は、便利な日経BP書店で。オンラインで24時間承っています。