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“外交弱小国”日本の安全保障を考える

情緒過多の中国への肩入れは危険

 正確な認識は、情緒や願望を排し、冷徹な視線と思考とを優先させてこそ可能になる。しかし、私たち日本人の中国を視る目には、どうしても日中関係独特の情緒や願望が絡むのだ。そしてその結果、中国の核兵器戦略に象徴されるような「中国の軍事」という側面に光をあて、率直に論じることがタブーのようになっている観がある。日本にとってこれだけ重要な存在である中国という大国の軍事の実態がどうなのかは、日本の安全保障にも致命的な重みを持つことは、あまりに明白だろう。

 日中間ではとにかく「友好」という言葉がまず大きなスローガンとなる。「日中友好」である。この標語にとらわれると、日本側では中国に対し厳しいこと、中国が嫌がることは、たとえ思っても口にはしてはならない、という奇妙な自粛が強くなる。

 日本には自国と中国との関係を評するのに「一衣帯水」という言葉がある。一筋の帯のように狭い海峡を隔てただけの至近の隣接の同士という意味である。「同文同種」という表現もある。読んでのとおり、文字を同じくし、人種を同じくする、という意味のわけだ。こういう言葉の語感に圧せられると、中国を日本とはその国益のプラス、マイナスが食い違う外国として冷徹にみるという視線がゆがんでくる。

 私は産経新聞の初代中国総局長として北京に駐在した2年間、ずっとそんな自戒を意識してきた。1998年から2000年末まで、日中関係が当時の江沢民国家主席による日本の「歴史認識」の欠落非難などによって、大きく方向を変えた時期だった。

共産党指導下の中国人民解放軍が発足して77周年を記念して、香港で初めての実施された同軍部隊のパレード
将兵3000人が行進したほか、装甲車、ヘリコプターも参加した(中国・香港)
(写真提供:時事通信。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うこと は禁じられています)

 私はこの時期、中国に関しては軍事政策をみなければならないとも感じていた。中国の軍事政策は、イコール日中関係の安全保障面を意味する。だが、日本側では伝統的に中国を考えるときに、軍事とか安全保障という側面から目をそらす傾向が強い。中国の経済や政治や文化、社会などをキメ細かに点検し、徹底して論じても、中国の軍事には奇妙なほど言及がない。そんなゆがみを痛感してきたのだ。

 日本で中国の軍事を論じない理由は、まず中国側がそのテーマの議論を嫌うことだろう。日本側で中国の軍事戦略や核兵器の実態を明らかにして論じると、中国側は露骨に不快感を示し、伝えてくることが多い。私自身も北京に駐在していたころ、中国政府高官から「古森さん、あなたはなぜそんな軍事関連の記事ばかり書くのですか。軍事スパイだと思われますよ」などという遠まわしの脅しを受けたこともある。

 第二の理由は日本側にある軍事全般への忌避の傾向だろう。

日本にとって最大の脅威「中国の軍事」から目をそらすな

 しかし、日本と中国との関係がこれだけ広範かつ緊密になってくると、中国が軍事面でどんな思考や戦略の下に、どんな活動をしているのかを知ることは不可欠となる。中国の軍事態勢が日本の安全保障に直接の影響を及ぼすのは、あまりに明白である。たとえば、東シナ海でのガス田開発での日本の行動に対し、中国が軍事面でどう動くかは、日本の安保だけでなく経済をも左右する深刻な課題だろう。

 中国が台湾に対し軍事力を行使するか否か、行使するとすれば、どのようになのか。その場合のアメリカの対応はどうか。中国が台湾攻略の軍事作戦を始めただけでも、中国の経済は根本から変容する。中国領内で進んできた日本企業の生産活動も、根本から揺さぶられる。まして中国がアメリカと一戦を交えることとなれば、日本全体がかつてない試練にさらされるのだ。

 だから、中国の軍事を見過ごすことはできない。人間の本性として、嫌なこと、苦手なことは無視し、放置しておけば、なんとなくよりよい方向に変わっていくだろうという願望がある。中国の軍事問題も、触らないでいればなんとかなるという希望は、私自身も感じることがある。だが、現実はそう甘くはない。中国の軍事問題という、日本にとっての重大課題は、すぐそこに間違いなく存在するのだ。しかも、その実態はこれまでよりも深刻に進んでいる。

 私が「虎発言」を日本の安全保障に結びつけて考え、最も強く感じたのは、このような点だった。

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