バックナンバー一覧▼

“外交弱小国”日本の安全保障を考える

第3回
「中国の軍事」を語ることをタブー視するな
~日本の安全保障上“最大の脅威”が迫る~

国際問題評論家 古森 義久氏
2005年7月28日

“核の作法”を無視した朱将軍の爆弾発言

 中国人民解放軍の将軍がものすごい発言をしてのけた。いやはや、衝撃的というか、驚愕というか、びっくり仰天し、そのあとに肌寒い恐怖に襲われる、という感じなのだ。

 その内容は簡単に言えば、中国が台湾に軍事攻撃をかけ、アメリカが介入してくれば、アメリカ本土の数百の都市に核ミサイルを撃ち込むぞ、という宣言だった。アメリカの首都ワシントンでは当然ながらこの核攻撃発言は大々的に取り上げられ、マスコミでの大きな扱いはもちろんのこと、連邦議会でも激しい反発が渦巻いた。

北京都心部にある中国人民革命軍事博物館で展示されているミサイルを見学する人
1980年代以降削減が進められてきたとはいえ、中国人民解放軍は常備兵力250万人以上で世界最大の規模。ここ10年ほど同国は軍事予算を増額し、装備の近代化を推進している(中国・北京)
(写真提供:時事通信。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うこと は禁じられています)

 発言の主は中国の国防大学防務学院院長という立場にある人民解放軍の朱成虎少将だった。北京の国防大学に招かれたウォールストリート・ジャーナル、フィナンシャル・タイムズなど米英大手マスコミの記者たちを相手の会見で語った言葉だった。その内容はアメリカでは7月15日にいっせいに報道された。

 朱発言の趣旨は次のようだった。

 「もしアメリカが中国と台湾との軍事紛争に介入し、ミサイルや誘導兵器を中国領土内の標的に向けて発射すれば、中国は核兵器で反撃する。現在の軍事バランスでは中国はアメリカに対する通常兵器での戦争を戦い抜く能力はないからだ」

 「アメリカが中国の本土以外で中国軍の航空機や艦艇を通常兵器で攻撃する場合でも、中国側からのアメリカ本土核攻撃は正当化される。(アメリカによる攻撃の結果)、中国側は西安以東のすべての都市の破壊を覚悟せねばならない。しかしアメリカも数百の都市の中国側による破壊を覚悟せねばならない」

 文字どおりに受け取れば、米中安全保障関係、さらには核兵器に関する国際的な暗黙のルールを打ち破る、とんでもない戦略ということになる。なぜなら、まず中国はこれまで一貫して、「核兵器先制不使用」を国家の軍事戦略の基本方針だと公言してきた。非核の通常兵器による戦争になっても、先に核兵器は絶対に使わないという宣言だった。

 ところが朱将軍はアメリカの通常兵器での攻撃に対し、ただちに核兵器で応じるというのだ。しかも中国の本土が攻撃されていなくても、艦艇や航空機が攻撃されただけで、一気にロサンゼルスやサンフランシスコ、場合によってはニューヨーク、ワシントンに核ミサイルを撃ちこむ、とまで述べるのだ。

台湾併合と核の使用は、中国上層部の断固とした意志

 朱将軍との会見に加わっていたウォールストリート・ジャーナルのアジア版副編集長のダニー・ギティングス記者が発言の際のやりとりをくわしく伝えている。その報告によると、朱将軍は流暢(ちょう)な英語で話し、「核先制不使用」についても「非核の国との戦争にのみ適用される原則だ」とか「この種の方針はよく変わる」などと明言したという。

 朱将軍はこの発言があくまで自分個人の見解だと述べたが、一党独裁の中国では要人が対外的に当局の立場と異なる「個人の見解」を表明することは、まずない。たとえ割り引いて考えても、朱将軍の見解が人民解放軍上層部の一部の思考を反映していることは、確実である。

 また朱発言が単なる恫喝(どうかつ)だとしても、こんな発言が出ること自体、中国が台湾の併合を武力を使って断行する構えを依然として強く保っていることを証明している。しかもその背後には、対外紛争の解決には軍事力に頼るという思考や、その軍事力のなかでもとくに核兵器の威力を信奉するという政策が明白に浮かびあがっている。

 この発言はアメリカ側の対中観や対中戦略に今後長い年月、大きなインパクトを投げ続けることとなろう。過去の類似のケースがそうした反応を立証しているのだ。「熊発言」への対応がそれである。

 熊とは中国人民解放軍の熊光楷将軍のことである。熊将軍は常に軍の中枢にあって、いまは副総参謀長という枢要ポストにある。この熊将軍が1995年、当時のクリントン政権の高官に「台湾をめぐる米中軍事紛争の際にはアメリカは台北よりもロサンゼルス(が攻撃される場合)の心配をするべきだ」と述べたのだった。

 この発言は中国が台湾を攻撃し、アメリカが台湾を守ろうとして参戦すれば、中国はロサンゼルスのようなアメリカ本土の大都市に核ミサイルでの攻撃をかけるぞ、という脅しとして受け取られた。それ以来の10年間、アメリカ側の対中安全保障や台湾有事に関する議論では、この「熊発言」は中国の好戦性や高圧姿勢を示す例証として、限りないほどの回数、引用されてきた。

 だが、今回の朱成虎将軍のいわば「虎発言」はもっと威嚇的かつ具体的である。アメリカ側で明白な「核攻撃の恫喝(どうかつ)」として繰り返し指摘されていくことは、目に見えている。しかも、アメリカ内部の対中強硬派の主張を強固にし、対中融和派の立場をすっかり弱めてしまう効果を発揮するだろう。

なぜか中国には沈黙を守る、日本の反核陣営

 「虎発言」はどう弁護してみても、核の恫喝(どうかつ)である。たとえ真の有事に核兵器を実際に使う意図がないとしても、核兵器の大量殺戮(りく)の威力を政治的、戦略的に利用する「核カード」ではあるだろう。核兵器の効用を信奉する思考の表れでもある。日本で核兵器の効用や存在そのものを否定する反核派、核廃絶運動勢力にとっては、これほど忌み嫌うべき発言もまず例がないだろう。だが日本での「虎発言」への反響はないも同然のようである。

 軍事紛争で相手が核兵器を使う構えをまったく示していないのに、その相手の本国の大都市にいきなり核ミサイルをいっせいに撃ちこむぞ、という宣言は二重三重に横暴であり、非人道的なはずだ。核兵器の全面廃絶という立場からすれば、最も激しく糾弾すべき言辞だろう。だが日本の反核陣営からはなんの声もない。

 これがもしアメリカ軍の将軍の同種の発言だったら、どうだろう。米軍の将軍が台湾有事では中国本土の大都市に核ミサイルを撃ち込んで、いっせいに破壊すると宣言したら、日本のマスコミも民間団体も狂気のごとくに反発するだろう。特に反核陣営はものすごい抗議運動を展開することは確実だといえる。

 ところが相手が中国となると、奇妙な沈黙となってしまうのだ。

 この点で、私は日本での中国観の奇妙な側面につい考えさせられてしまう。日本の対中観全般にまず話を広げて、論じてみたい。

 日本にとっての中国の比重がますます大きくなってきたことは言を待たない。日本にとっての中国の経済、中国の政治、中国の外交、中国の社会と、中国の様々な側面をしっかりと正確に認識することは、日本自身の進路を考えるうえでも肝要となってきた。だが、この「しっかりと正確に認識する」という行為が容易ではない。特に「中国の軍事」という重要な領域への認識がすっぽりと抜けているようなのだ。

SAFETY JAPAN メール

日経BP社の書籍購入や雑誌の定期購読は、便利な日経BP書店で。オンラインで24時間承っています。