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リスクを飼い慣らせば未来が見える

なぜ、いま「リスクマネジメント」が必要なのか

 わが国において、いまほど、リスクマネジメントの重要性が叫ばれている時代はない。なぜ、いまリスクマネジメントが、これほど必要とされているのだろうか。

 それは、「官」の規制に守られていた時代が終わり、いま私たちが「民」の時代を迎えていることと深く関係している。

 「官」の時代には「結果の平等」というものがあり、個人や企業は、国という“傘”に守られていた。しかし「民」の時代にあるのは、「機会の平等」である。確かに、様々な規制が撤廃されて、個人や企業は何をするにも自由になってきた。その代わり、結果は保証されていない。私たちは、自分のやったことに対して自己責任を負わなくてはならなくなったのだ。

結果の平等から機会の平等へ

 このような時代には、経営者が判断を間違えれば、企業はあっという間に淘汰されてしまう。生き残るためには「イエス」「ノー」を素早く決断することが条件だ。そのためには、従来の危機管理では間に合わない。常にリスクをマネジメントしていかなければならないのである。

 この点から、リスクマネジメントを次のように定義することができるだろう。

 「リスクを念頭において、イエスかノーを早く正しく決断し、組織(企業)の最大価値を図るための経営管理システム」

 ここで重要なのは、リスクは未来のものであるということだ。そして、未来を知るためには過去を知る必要がある。私たちは、過去を学ぶことによって、未来のリスクを予測することが可能になる。

 具体的に、現在の日本の潮流を追ってみよう。

 「官」から「民」への潮流の変化は、元をたどれば、日本の産業構造の変化に遡ることができる。産業の空洞化により、第一次、第二次産業の従事者が減り、サービス業をはじめとする第三次産業従事者が増加していったことは、どなたもご存じだろう。

 第一次、第二次産業従事者が多かった時代は、国民の大多数が生産者であった。ところが、第三次産業従事者というのは、純粋に消費者であり、都市に住む人びとである。

 こういった都市型の消費者(生活者)が増加したことにより、世の中に二つの大きな動きが現れたのだ。

 その一つは、投票行動の変化。そしてもう一つは、コスト意識の高まりである。

 投票行動の変化は、農村に基盤を持つ自民党の退潮を招き、やがては一種のクーデターともいえる1993年の細川政権の成立を迎えることになる。

 一方、コスト意識が高くなった消費者は、規制に守られた高コスト体質の経済システムに反発し、あらゆる分野で規制緩和や自由化を求めるようになる。

 こうした二つの流れを基礎において、これ以後、生活者主導の政策が次々に展開されていく。その現れの一つが、2001年1月の行政改革(1府12省庁への再編)であり、同年4月1日に施行された情報公開法、消費者契約法であり、金融商品のリスク開示義務である。

 こうした一連の動きは、まさに「官」から「民」への主権の移動といっても言い過ぎではないと私は考えている。そして、その4月26日に「改革」を旗印にした小泉内閣が発足したこともまた、決して偶然ではない。

 世の中の出来事は、あたかも偶然起きているように見えるが、このように、すべてが必然なのである。問題は、そのメカニズムが分かるか分からないかだ。

 メカニズムが分からない人は、自分が成功すれば「ラッキー」と感じ、失敗すれば「運が悪かった」で終わりである。

 しかし、メカニズムが分かっている人にとっては、成功するのも必然であり、失敗するのも必然である。だが、前もって対応できるから、失敗してもダメージを最小限にとどめることができる。これが、リスクマネジメントの基本的な考え方なのである。

※次回は、リスクマネジメントの目的、ハザードとリスク発生のメカニズムを中心に取り上げます。

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