左利きを否定されると自分も否定される
以前、わたしたちが子どものころまでは、確かに左利きは直した方がよいとの考えが根強くあった。しかし、今はそう考える人は、親でも教師でも少数派だろう。
なぜ、そうなったのか考えてみると、次の五つの理由などが挙げられる。
(1) 社会の価値観が多様化し、左利きも個性とみなされるようになってきた
(2) 野球、サッカー、ボクシングなどのスポーツで左利きの選手が活躍し、左利きのイメージが良くなった
(3) 左利きの人は右脳が発達していて、芸術や直感的理解に優れているという見解が普及した
(4) 左利き用の道具が普及し、生活への支障が以前よりは比較的少なくなった
(5) 無理に利き手を替えることには弊害があることが分かってきた
とはいえ、現実社会は右利きの人の方が圧倒的に生活しやすいようになっている。それに、先ほども言ったように「両手利きに」とか「習字だけは右手で」などという考えも根強い。
だが、無理やり利き手を替えさせられたり両手利きにさせられたりすることには大きな弊害がある。
第一に、左利きではいけないと言われるだけで、子どもはコンプレックスを感じてしまう。自分の自然のままのスタイルを否定されることで、自分が否定されたように感じてしまうのだ。
第二に、大人にいくら言われ、本人がその気になっても簡単には利き手を直せない。それで、自分の能力や努力不足のせいと思い込み、自信を喪失してしまう。
彼らは、左手を使っていると、「左手はだめでしょ」「何度言われたら分かるの?」とか、「習字だけは右手って言ったでしょ?」などと言われる。簡単に利き手が替えられる子などいないから、繰り返し言われ続けることになる。それが自分の能力への不信になり、ひいては自己存在への懐疑にまでなることがある。
第三に、左利きがなかなか直らない子どもに対して、しかったり、怒ったり、罵詈雑言を浴びせかけることは、自信を喪失させるだけでなく、親子の良好な人間関係の形成を妨げることにもなる。
しかられることが多いと、「自分は愛されていないのではないか」「もしかしたら嫌われているのではないか」などの疑念が出てくることになる。これが親への不信感につながる。
第四に、あまり厳しく矯正しようとすると、大人がいるところでは右手、いないところでは左手と使い分けするようになる。これが、子どもの心に、ある種の良心の呵責を覚えさせてしまう。そして、そうしなければならない状況や、そうさせている大人に対して反発心を持つようになる。
こうした、弊害は過小評価されるべきではない。
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