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震度7の建築経済学

第21回
柏崎原発の被災を許した大ポカ答弁書

建築&住宅ジャーナリスト 細野 透氏
2007年7月17日

 7月16日の新潟県中越沖地震で、柏崎刈羽原子力発電所3号機の変圧器に火災が発生した。変圧器から炎が吹き出し、黒煙がもうもうと吹き出す映像を見て、「最悪の事態が起こったか」と肝を冷やした人も多かったのではないだろうか。

 地震の発生は午前10時13分。それから1時間経っても、火災は収まらない。発電所内の自衛消防隊が駆けつけて消火に当たっているというが、映像を見る限りでは、その姿をなかなかとらえることができない。

 東京電力の担当者は、「消防署に連絡したが、あちこちに出動していて、なかなか到着しない」と説明している。柏崎原発と地元の消防署で、大地震時の優先順位について、打ち合わせができていなかったのだろうか。

 その一方、テレビでは、「被災して自動車が通れない道路もある」と伝えている。消防車がどうにか駆けつけて、火災が収まったのは12時ごろだろうか。悪寒を覚えた2時間だった。

 すぐにでも改善してほしいことは、大地震の際に、原子力発電所で火災が起こったとき消防署に頼ろうとする体制だ。外部から消防車が駆けつけられるとは限らない。原発の自衛消防力がこんなに貧弱だったとは知らなかった。

 この事故でわたしの頭をよぎったのは、3年前、新潟県中越地震が起きた際に、当時の小泉総理が柏崎原発に関して提出した答弁書だった。今回の地震をまったく見逃した、いわば大ポカの答弁書である。

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