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“江戸っ子”リスクマネジャーの「車座清談」

第52回
出稽古は畏友を見つける旅

コンサルタント 牛場 靖彦氏
2006年7月4日

 「あっ、モーゼだ!」と、わたしは思わず心の中で叫んだ。あの「十戒」に出てくる人物にも似て、身の丈195cm余り、肩幅広く胸厚のその男は、白くてふさふさした頭髪に加えて、銀色のひげが顔全体をくるんでいた。

 この人物こそがリスクマネジメント界の大立物で、RIMS(米国とカナダのリスクマネジャーたちが形成している団体)の理事長であるジム・スパイビー氏であった。

ジム・スパイビー氏

 時は1982年4月、ところはワシントンD.C.のシェラトンホテルのロビー。「もしご都合がつくなら和食にお招きしたい」と、わたしは初対面ながら思いきって切りだしてみた。ジム・スパイビー氏はわたしの申し出を快諾してくれた。

 我々はワシントン市内の日本料理店「ギンザ」の座敷で楽しい夕食のひとときをもった。こうした縁がきっかけとなって、ジムはRMの分野でわたしの良き先生となった。彼からの紹介によって、この第20回RIMS大会の期間を通して、わたしはジム以前の元理事長たちと知り合えるチャンスに恵まれた。

 ジムはRIMS中興の祖といわれている人物で、先見性と洞察力に秀でていた。

 彼は年をふるごとに複雑になってゆくリスクに的確に対応するためには、RIMSだけではなく、各国のRM団体が参集して、いわばRM界における国連をつくる必要があるとの持論を強調した。わたしもこれにもろ手を挙げて賛成した。

 かくして2年間の準備期間を経て、1984年4月2日、第22回RIMS年次大会がニューヨークで開かれた折、ジムと英国のRM協会の代表者、ヒュー・ローダー氏、それにわたしが発起人となってプラザホテルにてIFRIMA(イフリマ=国際危険・保険管理協会連盟)が誕生した。この組織は、各国からの最新で精選された知識や、真にリスク対策に役立つ生きた知恵を、メンバーがお互いに無償で提供し合うことを目的としている。

 このとき以来、毎年RIMSの年次大会時に併行してIFRIMAのサミット会議が開かれるようになった。

RIMS歴代のプレジデントたち

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