ヤル気のない者を排除する勇気も経営者には必要
会社は慈善事業を行っているわけではない。学校でもない。“職場”なのだ。だから、自分の意志で歩こうとしない人たちは、落ちこぼれても仕方ないと私は思う。
「才能がない」とか「仕事ぶりが遅い」とか「時折ミスを犯す」などということは、大した問題ではない。それよりも資質としてかなりのものを持っていながら、それを出し惜しみ、裏表があり、挙動不審なことの方がよっぽど問題だ。
だから、ゾンビ族が退職届けを出してきたとき、私は形式的な慰留はしなかった。いくらタテマエ論がまかり通るわが国とはいえ、そういう人たちを引き留めても、遅かれ早かれ辞めていくであろうことはこちらもよくわかっていた。だから、「去る者は追わず」で私は毅然とした態度をとった。
ゾンビ族をアライブ族に生まれ変わらせることも経営者の責任だということを私も十分承知している。
しかし、自ら変ろうとしない人はいくらこちらが鼓舞してもゾンビ族でいることを止めようとはしないだろう。アライブ族がゾンビ族に感染するということを考えれば、それは組織にとって疫病を撒き散らす邪魔者以外の何者でもない。
そして、ゾンビウィルスが蔓延する前にその原因を取り除くのも一方で、経営者の責任だと私は強く思っている。だからこそ、ゾンビ族を除去するのは、リスクマネジメントのセオリーにもかなっていると私は確信している。
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