偉いのは仕事であって職責ではない
「さん付け」にしてよかったことはたくさんありました。
我が社は、業績の良しあしによって頻繁に昇進・降格がある。昨日の本部長が今日の課長になることも珍しくない。昇進なら問題はないのですが、困るのは降格した場合です。それまで「苫米地部長」と呼んでいた部下・同僚は、「苫米地課長」とはなかなか言えないものです。しかし、「さん付け」で統一すれば、そんな気遣いは必要ありません。定年退職や結婚退職したOB・OGが遊びに来たときの呼称にも困っていたのですが、これも「さん付け」で解決です。
意識革命という点では、「職責に偉さはない」という意識が社員に浸透しました。「この職責だから(その人は)偉い」ということはない。部長が一般社員よりも偉いのは、たまたま一般社員よりも困難で生産性の高い仕事をしているからです。そういうことを皆が分かってくるようになりました。
駄目な社員ほど職責で仕事をし、職責で他の社員と接触しようとする。これは誤りです。偉いのは仕事そのものであって、職責ではない。「さん付け」によって、無意味な上司風を吹かす社員は確かに減りました。
ただ、恥を忍んで告白しますが、我が社の「さん付け」は徹底されていません。役員~本部長クラスの社員ならまず問題はないのですが、課長職の社員ともなるとその3分の1は、わたしの見ていないところで部下を呼び捨てにしたり、「ちゃん付け」をしたりしています。能力のない社員ほど、そうする傾向が強い。日本は上下関係でものを考える社会であり、相手の立場に応じて呼称を変えるという習慣は根強いものだと思い知らされます。
今後、「さん付け」をしない社員をどう教育し、変えていくか。わたしに課せられた課題でもあります。
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