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「産業突然死」の時代の人生論

年々、体制迎合の傾向が強くなっている

 長い物にまかれろというのは日本人の昔からの体質なのかもしれない。戦前の日本でも、みんな「この戦争はおかしい、負けるに違いない」と思いながら、戦争に突入していった。竹槍で本土決戦とは、ものすごいことだが、皆そう口には出していた。

 冷静に考えればミッドウェーの敗戦以降は勝ち目はなかったわけだから、もっと被害が少ないうちに停戦交渉をしておくこともできたはずだ。しかし、組織の論理というのはそうしたことを忌み嫌うだけでなく、そのような発想をする人を売国奴として罰した。そして戦争が終わったら、それまでの鬼畜米英を改め、米英礼賛に変わってしまった。そういう、あえて言えば無節操な方向転換を平気でやるのが日本人なのだ。アイデンティティーがない民族、それが悲しいかな日本人なのである。

 今、企業社会で起こっていることは、まさに正常な神経の持ち主が会社を破綻させかねないことが明らかになったとき、それを言い出せば処罰されるという、戦前の全体主義的発想が再びはびこり始めたということではないだろうか。もちろんこうしたことは米国の大企業であったエンロンやワールドコムにもあった。しかし、日本のこの兆候は、日本の企業社会の病理とつながっていく。「米国も同じさ」とうそぶくわけにはいかないのだ。

 会社でおかしなことがあったら「おかしいんじゃないでしょうか」と言うことが大事だし、会社もそう言える人材を採用するべきだ。しかし、そういうカルチャーが今の日本にはない。むしろ悲しいことに、体制迎合する傾向が年を追って強くなっているようにわたしは感じる。

 なにしろ、公務員の不祥事がこれだけ頻繁に起こっている時代であるにもかかわらず、公務員になりたい人が一番多いのだ。これも、寄らば大樹の陰と思っている親や教師に育てられているからなのだ。会社に入ってからも、言われたことに疑問を持たずに仕事をする人が昇進も早い。たしかにその方が楽だ。

 しかし、そういう「自分」を持たない人材ばかりを集めることが、結局、会社にとって命取りになるのだ。そして雪印のように会社が根こそぎなくなってしまうことにつながるのである。冒頭にも述べたように不二家は今回の社長交代や山崎製パンとの業務提携では不十分、このままでは会社が消費者のマインドから消されてしまうのではないか、というのがわたしの分析である。

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