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「産業突然死」の時代の人生論

どこに出しても勝負できる人材を

 その前段階として、そもそも教育とは何なのか。誰がどういう責任で、どんな人材を育てるか。学校だけではなく、親、あるいはコミュニティーの役割もあるはずだ。まず、そのことを考えなくてはいけない。他の国では、どういう人材をどのように育てようとしているかを見てみよう。

 北欧は、どこでも経営ができる人を育てようとしている。めちゃくちゃ経営能力が高い人材が豊富なのはインドだ。インド人は米国に行ってもトップマネジメントができる人材がいる。アジアのトップになる人材を排出しているのは韓国。今回は狙い通り国連総長まで輩出した。オーストラリアはハリウッドではダントツの勢力になっているが多国籍企業でもトップ人材を多く出している。日本語、英語、中国語が堪能なバリバリな人が育っているのは台湾だ。世界中どこでも威張っているのは米国。これは昔から変わらないが。中国は国際的に活躍できる人材が薄い。しかし、国内の政治システムは強固なもので、今の革命第4世代から次の第5世代への橋渡しもスムーズにいくものと思われる。経済と治安の「成果」を競争させ、実力のある人が上層部に登用されるシステムは科挙の時代以上に現実的だ。

 さて、我が日本で必要とされている人材はどうか。いま挙げた各国の人材と一緒に競っていくことができるのか。さあ、どういう日本人を育てていこうとしているのか、そのイメージを安倍首相には考えてほしい。教育改革はそこから始まるのだ。世界で対等に戦える人材を一人でも多く育てていく教育が必要とされているのだから。

 もっとも安倍首相も、バウチャー制導入という新しいことも言っている。バウチャー制とは、生徒一人に対して一定額を公的補助として学校に支払うシステムのことだ。つまり、生徒数が多いとそれだけ学校に予算が付き、少ない学校は予算も少なくなる。学校選択制が浸透すれば、学校は生徒が欲しいから努力をする。学校も改善せざるを得なくなるだろう。しかしわたしは、安倍首相の本心はバウチャー制には反対なのではないかと想像しているのだ。

 もし本気でバウチャー制を導入するなら国外の学校にも行けるようにした方がいい。今、高校生一人に投資する税金は約80万円だ。この金額を聞いてどう感じるだろうか。だったら中国に行って教育を受ければお釣りがくるし、生活費も十分に賄える。隣の小学校に行くというような規模の小さい話ではなく、バウチャー制の下、いっそ自由に世界のどこへ行ってもいいとしてしまえばいいのだ。

 今の日本の多くの学校は潰れるだろう。21世紀はグローバルな時代。そして答えのない時代になる。必要な答えは自分で考えなくてはいけない。これまでの大量生産の時代は、均質な人材が求められたわけだが、もはやそうではないのだ。グローバルに活躍できる人が求められている。そして答えのない時代にあっては、必要な答えを自分で見つけられる能力のある人が必要なのだ。自分で答えを探すには学校や先生に頼らずに生きる力が求められる。どうせバウチャーを導入するならそこまでやってほしいものだ。

 もっと言えば、お母さんが仕事をやめて、自ら家で子どもを教えるというのもありだ。近所の子ども3人くらい教えれば、80万円×3人分で年収240万円になるだろう。そこまで制度を広げてしまった方がいいとわたしは考えている。そうやっていろいろなパターンの教育手段を提供するのだ。そうすることで、群を抜く人材が育つのである。

 21世紀の教育の特徴は「答えのない世界」でいかに答えを見つけだすか、仮説を立てて検証したり、議論したりしながら答えに迫っていく。ひとたび答えだと信じるものがあれば、それを実行に移す勇気を持つ、などが鍵となる。模範解答とか、指導要領、などの概念そのものが無用の長物になるのだ。そうなると今までの教師には教えられない。文部科学省も指導要領を書くだけでは済まなくなる。

 これはある意味、芸術、音楽、スポーツの世界と似ている。皆同じようにヤマハ音楽教室に通っても、鈴木バイオリン教室に通っても、飛び抜けた技量を持つ子どもが必ず出る。タイガー・ウッズやマリア・シャラポワが10代で十分世界で活躍したように、これからのデジタル社会のリーダーは個人教授でないと教えられないし、教室の授業というよりはテーラーメードのレッスンでしか伸びていかないだろう。わたしがマッキンゼー時代に学卒を採用し20代を鬼のしごきと言われながらも過ごした人々が、今、至る所で活躍している。20代をオンザジョブなどといって放置されている人々は、30代になってもまだ指導を上司に仰ぐだけである。そういう人は世界の指導者にはなれないだろうし、また彼らと互角に太刀打ちできないだろう。

 ヤフーやグーグルを立ち上げたのは皆20代の破天荒な人々である。今、世界を旅してみるとそういう人材が経済を大きく動かしていることを実感する。しかし、これは明治維新を起こした日本人もそうであり、また戦後に世界に冠たる日本の企業を作りだした人々も、皆そういう人々であった。だから日本人がダメなのではなく、日本の今の家庭、学校などがすべてエスタブリッシュメント指向であるため、たくましい人材が育たない、という問題に過ぎないことが分かる。

 新しい社会に対応した世界的な競争力ある人材の育成、リーダーの育成、想像力あふれる人材の大量輩出。これが教育改革の中心課題でなくてはならない。本当に国を愛する人なら表面的な愛国心教育ではなく、どこに出しても勝負できる人材を生み出す国を作って国家に貢献するに違いない。

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