第163回
相当に危ういオバマ政権の経済認識
経営コンサルタント 大前 研一氏
2009年2月12日
前回の当コラムでわたしは、オバマ新大統領の言う「責任」について考察し、「オバマ政権に過大な期待を持たないように、今からその本質をとらえておくことは重要である」と述べた。今回はこの問題をもう少し深く掘り下げてみよう。
オバマ氏は、大統領選挙戦の中で、マケイン氏とテレビ討論を行ったことはご記憶の方も多いだろう。オバマ氏はそこで外交手腕の未熟さを指摘された。しかし彼は大統領に就任するや、その汚名を返上するかのように積極的に外交問題に取り組んでいる。イラクからアフガンへのシフト、そしてキューバのグアンタナモ米海軍基地にあるテロ容疑者収容所を就任早々の20日に閉鎖するなど、ブッシュ政権の対テロ政策からの路線変更を有言実行で示して見せた。
もちろんそれは悪いことではないし、評価に値するものだ。行動も早い。だが、イラクではなくアフガニスタンだ、という論理そのものがおかしい。ブッシュ・マケイン路線と一線を画すために使ったキャンペーン期間中のレトリックかと思ったら、彼と(引き続き防衛長官を務める)ロバート・ゲーツ氏は本気でアフガン・シフトをするという。もちろん強力な防衛ロビーのいる米国が、そう簡単に中近東からの全面撤兵を飲むとは思えないが、安易にアフガニスタンへのめり込んでいくことはベトナムの二の舞につながる可能性が高い。さらにタリバンやアルカイダが国境を越えてパキスタンへ逃げ延びたときに、それを誰が追いつめるのかという問題もある。実際、彼が今発表している経済政策を実行しようとすれば前代未聞の資金が要るわけで、戦費に多くを割くことはできない。
一例を挙げよう。1月26日付の米タイム誌に興味深い記事があった。オバマ氏と歴代の米国大統領とを比べ、それぞれの経済政策にどれほどの資金を投入したかを比較検討しているものだ。例えばフランクリン・ルーズベルト元大統領がニューディール政策において投入した資金は、当時の額で4.9ビリオンドル(49億ドル)。現在の通貨価値に換算すればざっと75ビリオンドル(750億ドル)である。
これも相当に巨額だが、今回オバマ氏が投入しようとしている額は、なんと800ビリオン(8000億ドル)。しかも最近、彼は1トリリオンドル(1兆ドル)という言葉をよく使うようになっている。「トリリオン」という聞き慣れない単位が表しているように、これは途方もない巨額である。日本円で言えば、今のレートで約90兆円。想像もつかないほどの額だが、これを同誌は具体例を挙げて説明している。
1トリリオンドルを、子どもから大人まで米国民に均等に分配すると、一人当たり約3200ドル(日本円で約30万円)の給付に値する。我が国で今話題の定額給付金など比較にもならない数字だ。また、スターバックスのフラペチーノを1日1杯、37日間にわたり全世界の人々におごるのと同額である。さらに言えば、NFLの32チームの全選手の年俸の313年分にもなる。
オバマ氏はこれほどの巨額の公的資金でもって、所得減税、法人税の引き下げ、インフラの再構築、グリーンエネルギーの普及、各州への援助など、さまざまな景気刺激策を行おうとしている。だが、こうした「ばらまき」の効果がそれほど期待できないことは、当連載でわたしが繰り返し述べてきたことだ。効果が表れないのであれば、1トリリオンドルという巨額は途方もない「散財」になって借金として残ってしまうのである。それは、基軸通貨ドルの信任喪失ということにもなるし、米国自体の国力が衰退するというシナリオにも直結する。
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