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「産業突然死」の時代の人生論

過剰な消費熱から冷めつつある米国民

 米国の典型的な家庭は自動車を3台程度は持っている。三世代同居という家でもない限りは、まず十分な台数であろう。また昨今は自動車も耐久性が向上しているから、10年やそこら乗ったとしても致命的な故障を起こすことは少ない。であれば、まだ乗れる車を廃車にしてまで新たに購入する必要はないか、というマインドになってきているわけだ。

 実のところ、米国で自動車の売上高が対前年比で60%や70%下がろうが、誰も不便はしていないのである。しかもこれは自動車に限ったことではない。上のグラフでは家具の売り上げもマイナスになっていることが分かるだろう。米国ではこうした耐久消費財の売上高が軒並み落ちてきている。だからといって、それで米国人の生活は特に変わることはないのだ。

 そういう視点でもって米国に行ってみると、米国民は意外にけろっとしていることに気づくはずだ。リーマン・ブラザーズの破綻やビッグスリーの経営危機などどこ吹く風(というと言葉が過ぎるきらいはあるが)、彼らの生活ぶりは想像以上に「普通」である。もちろん個々の内情までは知る由もないが、米国では中間管理職以上の人は家を2軒から3軒ぐらい持っている。万一生活がだめになったら一軒売ればいいと考えている程度だろう。

 無論、サブプライム層の人たち(平たく言えば貧困層)は、いまの世の中にも将来にも希望がないという状況だろう。だが一般の米国民は、生活が「行き過ぎていた」ことに気づいたのだ。グラフにある小売売上高の減少は「少しほとぼりが冷めた結果」と見るべきだ。ローワーローワーは別にして、ローワーミドルより上の米国民たちは、それほど生活に大きな影響を受けていない。

 米国民のぜいたくは、世界中から借金すること、将来から借金すること(クレジットやローン)で実力以上に膨れ上がっていた。だが、サブプライムなどの毒入り商品を輸出することで世界の信用を失い、銀行が破綻し、将来から借りてくる力を失った。これからは自らの力で生きていくしかない。大幅な信用収縮である。

 一方、彼らが身の丈にあった生活をするということは、米国の浪費で潤ってきた「その他世界」もまた身の丈にあった生産をする、ということである。お互いにこの調整には時間がかかるが、失業などで苦しむのは「その他世界」の方がきついだろう。米国は車を1台手放し、空き部屋に下宿人を入れ、冷暖房を部屋ごとに細かく設定する、という程度である。この20年間の米国のライフスタイルは、40年前にはハリウッド映画でしか見られなかったものがどんどん採り入れられ、当たり前になってきた、という感じである。要するにライフスタイルをその中間地点である10年前に戻せば生活のつじつまは合うのである。

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