第1の原則
システミックな危機であることを認識し、個別の問題として扱わない
この原則に関しては、米金融当局を支える3人の英雄的人物、いわば米国版金融三銃士に責任がある。サブプライムローンに端を発する今回の危機の解決に当たるのは、ベン・バーナンキ連邦準備理事会(FRB)議長、ヘンリー・ポールソン財務長官、ティモシー・F・ガイトナー・ニューヨーク連銀総裁だ。バーナンキ議長はもともと学者であり、90年代に日本の景気浮揚策として、空から現金をばらまけばいいというヘリコプター・マネー説を唱えた人物である。今回のサブプライム危機では、議長はつい最近に至るまで問題の規模を過小評価し、米経済の健全性を過大評価してきた。
ガイトナー・ニューヨーク連銀総裁はキャリア官僚である。彼の自慢は、日本の金融危機当時、自分は米大使館付きアシスタント・アタッシェとして財務省から派遣されて東京にいた、だから日本の官僚が後手に回る様子を「つぶさに観察できた」ということだ。そして日本の轍を踏まない方法についてしきりに話す。だが日本で起きたことを事後的に理解し、また米国自身の過去の危機から教訓を得てはいても、一世紀に一度あるかないかという危機に瀕した今どうすればよいかは分かっていないらしい。
しかしほんとうに問題なのは、ポールソン財務長官であるように思われる。彼は財務長官に就任する前はゴールドマン・サックスのCEOだった。したがって、今回の問題をすみずみまでよく理解している唯一の人物のはずだ。だが現在のような状況では、これはかえってマイナスである。かつてCEOだった財務長官は、今も「アメリカ株式会社」のCEOよろしく、押し寄せる問題を次々に「解決」するという強い決意で臨んでいる。しかしそのために、後から後から問題が発生する結果となった。なぜなら今回の危機は、個々の銀行が抱える問題ではなく、システミックな性質のものだからである。
先ほども書いたが、当面の問題は流動性の危機である。これは、「オオカミの群」の行動を思わせる現象だ。オオカミは集団で獲物を攻撃するのにたけた動物だが、獲物がいなくて飢餓状態が続くと、群の中で最も弱い仲間を突然襲う性質がある。銀行危機はこれとよく似ているのだ。リーマン・ブラザーズが破綻すれば、人々は次の犠牲者を探すようになり、業界で最も弱い企業が突如として餌食になる。リーマンに続いてワシントン・ミューチュアルが破綻し、次はワコビアがだめになった。ワコビアが買収されそうだとなると(※)、さらに次を探せというわけで、今度はナショナル・シティが危ない、といわれる。群の最後の一頭になるまで、これが続くのだ。
※:原文ではシティコープの名前を挙げているが、ワコビア買収に関してはウェルズ・ファーゴの名前も挙がっており、双方でもめている状態である(10月8日時点)。
例えば日本では、80年代には個性豊かな銀行が10以上もあったが、いまやマネー・センター・バンク(総合金融サービスを行う巨大銀行)が3行あるだけだ。金融庁によれば、生き残ったのはどれもメガバンクなので、大きすぎてつぶせないという。預金者に利息を0.2%しか払わないのだから、どれもけっして良い銀行とは言えないが、寡占状態であるため圧倒的な市場支配力を持っている。
ポールソン財務長官の直感的判断は、重大な問題に直面した企業のCEOとしてはたぶん正しいのだろうが、金融危機への対応としては、二つの点で根本的に間違っている。第一に、この調子でいけば、米国でも生き残るのは三つのメガバンクだけという事態になってしまう。巨大銀行は顧客に奉仕する姿勢に欠けるし、危機のときに支えてもらったという感謝の気持ちもあるまい。日本の銀行と同じく傲慢にも他行より優れていて強かったから自分たちは勝ち抜いたのだ、と思うに違いない。第二に、不良債権の買い取りに最大7000億ドルまでの公的資金投入を認めるよう議会に要請したが、この段階での不良資産の買い取りは、急いでやることではない。
ほとんどの銀行は、グローバルな信用供与枠(credit line)を設定してどの銀行もアクセスできるようにすれば、救済することができるものだ。銀行が破綻するのは、資本がなくなる一方で株価が限りなくゼロに近づき市場から資金を調達できなくなるからだ。いつでも「ガソリンスタンド」に立ち寄って必要なだけ流動性を補給し、その間に資産を立て直して「(悪い銀行部分を処理して)良い銀行部分」を救えるなら、そうした事態は防げる。
しかしオオカミにねらわれた状態では時間の余裕がないことを忘れてはいけない。パニックに陥った預金者は、いまや簡単にインターネット上で別の銀行に預金を移すことができる。我々はインターネット時代に生きているのであり、21世紀型の取り付け騒ぎは、ワシントン・ミューチュアルが思い知らされたように、クリック一つによる瞬時の資金移動なのだ。資金不足に陥った銀行の閉ざされた鉄扉をいつまでもたたき続ける預金者が街中にあふれる(あの大恐慌の時のような)姿は、もうどこにもいない。例えて言うならサイバーパニックは中性子爆弾で、町の中はいたって静かなものだ。もちろん銀行がシステムを遮断することはできる。だがそうなれば、人々が実際に銀行に押し寄せる1929年型の取り付け騒ぎが起きるだろう。
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